杏寿郎は今日泊まってくれると言い、それだけでもかなり嬉しかったが家に置いておくパジャマや下着、日用品も揃えたいと言ってくれたのはそれ以上に嬉しかった。
金曜日から始まった恋はまだ数日しか経ってないのに話進むの早いななんて思うけど、そんな事言ってられないし今は一分一秒でも杏寿郎と居たい。杏寿郎のお泊まりセットを揃える楽しい買い物も終わりアパートに着くと自分の部屋の電気が付いているのがわかった。別れる時に返してもらうのを忘れた合鍵を使って入ったのだろう。




「は?誰だよそいつ…」
「歴史教師の煉獄杏寿郎だ!君こそ破局した女人の家に堂々と入り込むとは何事か」
「同僚かよ…てか何、もう男いんの?」

部屋に入ると堂々とソファに座りテレビを観ている元彼に驚く、その態度にもだ

あれ、私の元彼ってこんな人だったっけ?
誰にでも敬語を使わないところが気さくで、遠慮ない所が楽で良いと思っていた。でもこうやって別れた後に冷静になるとただ無礼で無遠慮な男だったんだ…。
外見も中身もきっと杏寿郎には勝てやしないだろう。キッと睨みつけると言いたい事が口から出ていた。

「私が家に帰ってきてから取りに来てって言ったよね?杏寿郎に勘違いされたくないし荷物取ったら帰ってほしい。」
「…んだよそれ、話たいこともあったのに。お前ってそんな女だったんだな」
「そんな女って何?」
「別れて数日で男連れ込むような女って事だよ!」

確かに私は別れた次の日に男を連れ込むような非情な女だ…でも杏寿郎の目の前でそんな風に言われたことが悲しくて堪えた涙は俯くとこぼれ落ちそうだった。



「俺が名前に手を出した、こんな魅力ある女性に別れを告げた君が悪い」

私の肩をぐっと抱きしめ杏寿郎は真っ直ぐに元彼に言い放つ。その言葉に杏寿郎を見上げると私の瞳からはもう涙がぼろぼろと溢れ落ちていた。

「もう帰ってくれないか、初対面だが君の事は既に嫌いだ」
「名前、絶対そのイケメンに騙されてるぞ!」
「騙すわけが無いだろう!」
「いや、ぜってー…」

「もう、良い加減帰って」

関係の無い杏寿郎までもが元彼に何か言われるのが耐えられなくて言葉に怒気が籠ってしまうがそんな事気にしては居られなかった。

「こんな風に居座られるなら郵送でも引越し業者でも頼めば良かった、それは私にも責任あるよ。ごめん。でももう私達終わったんだからこれ以上話すことなんてない」
「…取りに来いなんて言うから、名前もまだ俺に気があるんだと思ったんだよ。男まで連れてきて嫉妬させたいのかと」
「……」
「俺が別れるって言った時お前引き留めもしなかったろ?それが悲しかったんだよ、試して悪かった。俺、お前の事…」


「この話はこれでお終いだな!!!」

急に耳元で大声で言われて思わずビクッと肩が揺れた、多分シリアスな場面だったと思うんだけど杏寿郎のその堂々とした態度に少し笑ってしまう。

「勘違いさせちゃって申し訳無いんだけど私本当にもうこの人の事が好きなの、ごめんね」

押し黙った彼は杏寿郎に手伝ってもらいながら荷物を車に運び出すと「今までありがとな」とだけ残し帰っていった。別れ際はもう二度と会えない事に少しだけ切なくなったけど、今日は杏寿郎も泊まるし寂しくはない。








「結局修羅場に付き合わせてごめん」
「聞きたいのだが先程の言葉は本当だろうか」
「先程の言葉…?」
「君が俺を好きだと言った事だ!」
「あ……!!」


あの時私が元彼に言った言葉だ、無意識に出た言葉だったので顔が真っ赤に染まる。それが充分返事にはなったのだろう、杏寿郎はにっこりと笑いかけてくれた。

「俺も名前を好いている、“仮の恋人”などと下らない名称ではなく恋人同士になろう」

ぱくぱくと開いた口が塞がらない、杏寿郎も私が好き?セックスするまでよく喋る方ではあったが特別仲が良かったわけでもないし、杏寿郎に好かれるような事をした覚えがない。まさか、セックスで好きになったわけでもなかろう

「え、私を好き…?いつから、ですか…」
「いつ、とは明確では無い。前々から無邪気な君を可愛らしいと思っていたし、機会があれば食事に誘おうとしていたさ。」
「嘘だあ……」
「名前は何かと俺を疑うようだ!しかし君に恋人が居たと知ったときは腹が立ったさ」

言葉の理解が追いついていない、私は本当の大馬鹿野郎のようで杏寿郎の言葉をそのまま聞いていくしかなかった。

「行為が終わっても君は“寂しいとき”声をかけていいかと聞いたな」
「言ったような?」
「寂しい時だけ求められる仮の恋人など下らない皮肉だとわかっていながらこの関係に甘んじた。何故だかわかるか?」
「わかりません…先生…」

正直杏寿郎との関係を終わらせたくなくて出た言葉だ、口から適当に出た言葉で違いない。
あまりにも真剣な杏寿郎が私の先生のように感じてしまい思わず先生と言ってしまったぐらい理解出来ていない。

「君が好きだからだ」
「……!!」

あの言葉の裏にそんな思いが隠されていたんだけどわかったら胸が痛む、私はとんでもない無粋な事をしていたんだ…。杏寿郎が私を好きでいてくれたなら最低な行為と言葉。

「私は、ごめんなさい。正直セックスして優しくされて好きになりました…それでももうかなり好きだよ。杏寿郎以外あり得ないって思えるぐらい」
あの時の失態を覆したくて必死に言葉を探す、
それを察した杏寿郎はもう気にするなと言わんばかりの態度を示してくれた。
「ハッハッハ!好きになってくれたのだから問題無い!晴れて俺達は恋人同士だな!」


笑い合っていた杏寿郎と目が合いゆっくり瞼を閉じると彼の唇が落ちてくる。
次第に深くなる口付けにこの後の行為を期待してまう。

「名前は本当に愛いな…」
「杏寿郎の言葉ってなんだか照れる」
「交わした相手は君だけだが名前がこの世の誰よりも可愛いというのだけはわかる!」

・・・・?
今、なんて言った・・・?
ーーー交わした相手は私だけ?

「え!!!童貞だったんですか!!」
「無論!好きでも無い女とは情交には及ばない!」
「ああああの、その割にはお上手で…」
「悦ばせたいと必死だったさ、君の誘惑にも負けて余裕も無かった」
「嘘でしょ…」
「君は俺を疑ってばかりだ、嘘はつかない!」



その後も行為に及んだが、とてもこの間まで童貞だったとは思えないぐらいお上手だった。
才能?相性?杏寿郎に他の女なんて試させるわけがないから正解なんて一生わからないけど、新たな恋人は、才能◎相性◎!とだけ言っておこうかな!





FIN










暗夜の焔 04

  






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