「今日は泊まるがいいだろうか!」

俺の声量に小さく笑う名前は甘えたように「嬉しい」と言ってきた。普段と違う姿に多少なりとも戸惑いはあるが、これは彼女の通常なのだろうか。
それでも好ましい事に違いないし、己の恋慕が確固たるものになるのを感じる。

「一緒の布団でもいいですか?」
「何を言う!君の家だろう、こっちにおいで」

寝台で横になると彼女の家なのに何処か遠慮がちに布団に入ってきた。俺が床に寝れば良かったか…?
だが今更だ、この温もりを放すことは出来ないな。


「杏寿郎ってあったかい通り越して暑いね」
「煉獄と言うぐらいだ、炎でも宿っているのだろうな」

俺の腕でうとうとする名前を見つめながらたわいもない話をする。次第に彼女の瞼は落ちていき、静かな寝起きが聞こえてきた。

さて、今後はどうするべきか。
いくら一夜で打ち解けたとて職場でまで今の距離感でいるのは良くないだろう。学園の風紀を乱し兼ねないし何より彼女がそれを望まない、想い合っているわけではないしただ今は寂しく甘えているだけだからな。
おぼこい寝顔に頬を緩ませ強く抱きしめながら眠りについた。











朝日が昇ると同時に目が覚める。
ーーー夢でなくて安心した。
急な展開についていけない程、頭は固くはないが夢であってもおかしくはない展開。まだ眠っている名前の寝顔を見つめていたが大事な事を忘れているのに気付いた。
昨夜の鍛錬を疎かにしてしまった!
そっと起こさないように寝室から出て、勝手ながらに水道の水を貰い筋力の運動をしていると名前がゆっくり起きてきた。



「おはよう!良い朝だな!」
「…おはよう、杏寿郎なにしてるの?」
「朝の鍛錬だ!昨夜の運動を疎かにしてしまったからな!」
「ふふっ、凄いね…」

くすくすと笑う彼女を不思議に思いながら、起きたのだから辞めるかと思い終わりにすると手触りの良い手拭いを差し出してきた。

「汗かいたからシャワー浴びる?その間に朝ごはんでも用意しとくよ」
「そうさせて頂こう!朝餉も楽しみだ!」
「杏寿郎、希望通りには出来ないかもだけど苦手なものか好きな食べ物とかある?」
「薩摩芋と鯛の塩焼きが好物だ!」
「あははっ、鯛は流石に無いけど薩摩芋ならあるから薩摩芋の味噌汁とご飯と何かおかずでもいい?」
「うむ!期待している!」

彼女は終始楽しそうで、何がそんなに楽しいんだ?と聞くと杏寿郎が元気で楽しい。とよく理解が出来ない回答だった、だが楽しいなら何よりだな!

浴室を借りて汗を流す。名前も毎日ここで身体を洗っているのか等、余計なことを考えてまた俺の魔羅が反り返ってしまった。
「(流石にこれは不甲斐無いな…)」
今日は一歩も手を出さない、いや…触れはするが情交には至らないようにしなくてはいけない。


欲情を洗い流すように冷水を頭にかけて幾分冷静になってから浴室から出ると良い香りが漂ってきた。
髪を早々に乾かし居間に戻ると美味そうな朝餉が並んでいる

「よもやこれは…君が作ったのか?」
「ご飯も鯖の味噌煮も冷凍だから作ったのはお味噌汁だけだよ」
「美味そうだ!頂いてもいいか?」
「どうぞ、召し上がれ」
「うむ!頂きます!」

箸を持ち合掌すると名前も同じようにし小さな声でいただきます、と言う。その礼儀の正しい姿にも己の気持ちが高まるのがわかる。彼女は美しくもあるな…
普段は明るく無邪気であるのに仕事もそうだが仕草や言葉遣いにも礼儀があった。

そんな風に思いながら朝餉に箸をつけて一口

「うまい!!!」

うまい!うまい!わっしょい!
あっとゆうまに平げてしまったがおかわりを用意してくれる名前はやはり楽しそうだった。








午前中ゆっくりとした時間を二人で過ごして、
まるで幾分も前から恋人同士だったかのような錯覚になる。
離れ難いが、このままでは一生ここに居続けてしまいそうだ。千寿郎にも『外泊、夕餉朝餉要らず』とだけの連絡だったから心配をしているかもしれない。

「え、もう帰るんですか?」
「うむ!弟が心配してるかもしれないからな、一泊朝餉の礼はまた今度させてくれ!」

わかりやすく眉を下げ俺の服の裾を掴む名前が可愛くて気持ちがぐっと揺らぐが、ここは男として引くところだろう。

「可愛い顔をするな、離れ難くなる。」

頭を撫でて名前に口付けをすると、寂しそうにしているが承諾してくれた。

こんなにも愛らしい彼女との別れを選ぶなど、前の男はよく出来たな。二年も情交が無く、ここ最近は連絡もそぞろだったと言う。
俺も機械が不得意な手前、携帯電話で連絡を取り合うなどは出来ないがその分足を運ぶし一緒に住むという選択もあったはずだ。

ーーー別れてくれ感謝もあるが、俺には理解出来ないな。それより名前はいつ前の男を振り切れるようになるか、そこの方が問題だ…










「ただいま帰りました!」
「兄上!どちらに行かれてたんですか…心配しました」
「すまない、千寿郎。好きな女が出来た!その女性と一緒にいた!」
「えええー!あ、兄上本当ですか!?誰なんですか!」
「うむ、千寿郎も知っている人故に言えぬ!わかってくれ!」

真っ赤になりながらも知りたがっている千寿郎には申し訳無いが想い合えるようになるまでは言うべきでは無いだろう、悟し宥めるが千寿郎が俺の周りにいる女性の名前を何人か宣べる。
その中に名前の名前もあったが知らずふりが出来てたかどうかはわからない。













暗夜の焔 06

  






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