週明けの朝、準備を整えて学園に向かう。
いつもと変わらず接するのが吉だ、俺は構わないしむしろ日本中にこの想いを伝えてもいいぐらいだが名前を追い詰めたいわけではない。
実際にこの高まった想いを伝えれば、俺に寂しさを埋めてほしいと言った名前が責任を感じてしまうだろう。
職員室の前で想い人の後ろ姿を見つけて成る可く普段通りに声をかけると少し驚きそして寂しそうに微笑み顔を俯かせた。
傷付けたいわけじゃなかった、よもやこんな反応が返ってくるとは想像もつかなかった!
途端に両手を両肩でがっしりと掴み無理矢理目を合わせる
「すまない!いつも通りの方が良いと思ったんだが。…どうやら間違えたようだ」
そう言うと名前はぱっと顔を上げて今度は申し訳無さそうにしてきた
「すみません…苗字で呼ばれたのが少し寂しくて。煉獄先生は何も間違えていませんよ!」
ーーー煉獄、先生・・・?
「んん゛、あ…あぁそうだな!…また今週末、君の家に行っても良いだろうか」
「…!!勿論です!」
思わず動揺してしまい今言うべきではないことを口走ってしまったが、週末の承諾を得れたので吉だ。
煉獄先生か、彼女が寂しく思う気持ちがわかる。
俺とは違う感情ではあるだろうがやはり苗字で呼ばれるのは他人行儀に感じてしまうな
「二人きりの時は頼むから杏寿郎と呼んでくれ」
「へ?あ、はい。わかりました?」
安堵していると名前は携帯電話を取り出し誰からかの連絡を確認する素振りをみせた。
見るつもりなどは無かったが携帯電話に顔を向けるとその内容がすぐに開かれて見えてしまった。
『今日行く、何時に帰ってくんの?部屋居るわ』
なんだ、これは。
馴れ馴れしく簡易な文章、部屋に居る。名前からしても男なのは間違い無い。
別れた男、いや…別れて無かったのか?
「名前、どういう事だ。別れたんじゃないのか」
「違うの!昨日彼の荷物片付けてて、取りにきてもらおうと思って…」
そうか、名前は平気で嘘を吐くような巧妙な女ではない。これは男側が名前をまだ自分のだと思っていると言うことか。
不快感が広がる、ここで名前が別れた男に靡いてしまったら…否、そうはさせない!
「俺も同席しよう!」
戸惑う彼女を他所に押し切ると「じゃあ、同席お願いします」と照れた表情を浮かべる彼女に笑いかけた。
不本意ではあるが、今日も共に居れるのが嬉しいのも事実だった。
・・・
終業し名前と待ち合わせて買い出しに出向く。
「今日も泊まってもいいか」
「いいんですか!勿論です!」
ニコニコと笑う彼女の手を握りながら少しの罪悪感が生まれる。君が今日元彼と一夜を過ごさない為の牽制だと知ったら名前はどう思うのだろうか。
信じていないわけではないが、一夜で俺と寝てしまった名前を他の男の元に放り出すのは危険だと思うのは考えすぎでは無いだろう。
「寝巻きや下着と日用品を置きたい、君の部屋から仕事に行くことも増えるだろうからな」
「確かにいつまでもお父さんのパジャマじゃ杏寿郎も窮屈だよね」
「俺が君の父上に怒られてしまうさ」
「ふふっ、歯ブラシとかはこの間使ったのがあるだろうし…とりあえず洋服屋さんとドラックストアでいいかな?」
「うむ、早速向かおう!」
関係も持って数日、急速ではあるが先に外堀を埋めていくのが一番だな。別れた男のことなどとうに忘れているのではないかと思えるぐらい名前は俺との時間を楽しんでいるようだった。
▽
「あれ、部屋の電気付いてる…」
賃貸住宅に着き、名前が自身の部屋を見上げると動揺し始めた。握っていた手をぎゅっと強く握り、手を引く。
「安心しろ、俺も居る」
「……うん、ありがとう」
決戦、とまではいかないが名前も別れた男と向き合えば次の階段に進める機会になる
心を決めて部屋に向かった。
「は?誰だよそいつ…」
「歴史教師の煉獄杏寿郎だ!君こそ破局した女人の家に堂々と入り込むとは何事か」
「同僚かよ…てか何、もう男いんの?」
この男が、名前の…その目に宿っているのは明らかな嫉妬心。やはりまだ名前に気があるようだ。
追い詰めようとしている痛々しい言葉は全て名前に突き刺さり…涙を零しそうだ。
向き合えばとは思ったが、これ以上の忖度は必要無さそうだ
「俺が名前に手を出した、こんな魅力ある女性に別れを告げた君が悪い」
肩を抱き引き寄せる、名前は俺を見上げながらその大きな瞳からぼろぼろと涙を零し始めた。
「もう帰ってくれないか、初対面だが君の事は既に嫌いだ」
「名前、絶対そのイケメンに騙されてるぞ!」
「騙すわけが無いだろう!」
「いや、ぜってー…」
「もう、良い加減帰って」
名前も怒ったりするのか、少しだけ驚いているとその言葉に観念したのか目の前の男が縋り始めた。
ーーーまずい、名前に揺らぐ瞬間など与えられない!
「この話はこれでお終いだな!!!」
腹式呼吸を使って大きめの声を出すと、名前は驚いて少しだけくすくすと笑い俺に微笑んだ。
「勘違いさせちゃって申し訳無いんだけど私本当にもうこの人の事が好きなの、ごめんね」
巧妙な嘘を吐くような女じゃない
なんでも無いような顔で別れた男の荷物を運び出す。それもその褒美のような言葉があったからこそ出来た余裕だ。
本心なのだろうか、それとも建前か
別れた男とは完全に終わったのだ、これからゆるりと聞き出せばいいこと。そして建前だとしても事実にさせればいいだけのことだーーー
その後に名前の口から俺を好きだという言葉を聞くことになる。
切掛や順序など些末な問題、この心の炎は誰にも消せはしない。情交を終えて名前を抱き締めると俺の好きな無邪気な笑顔を向けてくる。
初めて恋をした俺は
この笑顔を生涯守ってやろうと己の心に強く誓った
暗夜の焔 07
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