君と初めての灯和



気になっていた事がある、前世の初めての“まぐわり”の時に杏寿郎さんは初めてとは思えない程に慣れていた。
あの時代はお嫁さんにして頂けただけで幸せで過去は気にしないようにと思っていたし、初めてじゃなくとも充分に愛のある行為だった。


一度気になってしまうと心のもやもやは中々晴れない、杏寿郎さんは前世と今世で過去に愛を語ったりまぐわったりした人は居るんだろうか…。
何故こんなに気になってしまうか、多分今世では“まだ”で、もちろんキスやスキンシップはあるけれど私ばかりが求めているようで心の余裕が無いからかもしれない。それに前世では帰ってくる度にそのような行為があったと認識しているから余計だ。

最初こそ大事にされていると思っていたけど、もしや他の女性と比べて色気が足りない…?そのように比較するような人では無いと思うけど恋愛経験など杏寿郎さん以外無いと言って等しいからわからない。
それでもお食事やデートを重ねてお付き合いとしては順調だし杏寿郎さんと一緒に居れるのだから文句なんてない、ただただ何故だろうと思ってしまう。


「……名前、名前!」
「へ?」
「どうした、上の空のようだぞ」

杏寿郎さんの賃貸の部屋で折角一緒に居れるのに考え事をしてしまった、しかもこんな考えてもどうしようもないことで途端に恥ずかしくなり俯く。

「すみません、なんでもないです!」
「………なんでもないような顔には見えないな、話せないような事なのだろうか?」

杏寿郎さんの顔に曇りが刺す、やってしまった。気にさせてしまったのだ。焦って言い訳を考えるがそのどれもが役に立たなそうで口籠る。

「あの、本当にお気になさらないで下さい。私自身のことなので…」
「名前のことだから、気になるんだ。共に解決しよう。俺でよければ力になる。」
「………。」

どうしよう、変な緊張感に襲われる。
これで断るのも傷つけてしまうかもしれないし、かと言って嘘も付けない。本当のことを言えば過去を気にする器の小さな女だと思われてしまうかも…。よく前世の杏寿郎さんは“覚悟”という単語を使っていた、傷つけてしまうぐらいなら正直に言う覚悟を持たなければ。これくらいで人を嫌いになるような男の人ではない

「あの、杏寿郎さんは…過去に他に愛し合った女性の方はいらっしゃいますか?」
「・・・!」

驚き慄いたような表情を向けられてたじろぐ、そのような方が居たのかもしれない。どきどきと自身の心臓の音が聞こえてきた。

「それは、君に過去の男が居ると言う意味だろうかっ!」

瞬時に理解する、誤解させた!もちろんこれは私の話ではない。自分の説明力の無さに落胆しすぐに否定しなければと思ったが口を口で塞がれてしまった。

「んんっ…ふ…ん」
「よもや、君のこの愛らしい姿を知っている者が居るとは、切歯扼腕!」
「んあ…っちがっ、違います!杏寿郎さん!」
「……なに、違うのか?」

唇を離すとキョトンと見つめてくるのでその姿を愛おしく思いながら訂正する。

「私は今も昔も愛を語ったのは杏寿郎さんだけですよ、そうではなくて…その…杏寿郎さんにそのような女性が居るのか気になってしまって」
「うむ、そういう事だったか!そんなもの杞憂に過ぎん、居るわけがないだろう!」

杏寿郎さんの言葉には嘘は無いようで、自身満々なその姿に酷く安心する。先程と違いとても機嫌の良さそうな雰囲気を纏った彼は続けた。

「すまない、存外余裕が無いようだ。だが君がそのような事を心配していたのかと思うと嬉しいものだな」
「器の小さな女だと思いませんか?」
「思わない!不甲斐ないが俺のほうが名前の男関係について器が小さいからな」

ここまで聞いても気になる、慣れていたのは愛した女性は居なくともそういった行為はしたことがあるのかなということ。そんな事を知ってもいい気分になれないのはわかっているけどこの流れで聞かないという選択肢にはならなかった。

「でも杏寿郎さん、前世のはじめてのとき…慣れていらっしゃいましたよね?行為自体ははじめてでは無かった感じですか?」
「それはだな…っ、宇髄に任務の偵察ついでに遊郭に連れていかれた際に太夫に聞いたんだ、どうすれば悦ばせられるか」
「!!」
「もちろん身体の関係は無いぞ!言葉で教えてもらった!」

杏寿郎さんはきっと私の為を思って聞いてくれたんだ、男性に聞くよりも女性の方が的を射ていると杏寿郎さんだったら理解していたのだろうけど…なんとも言いづらい感情に襲われる。
私はやはり器の小さな女だ、彼の努力を無碍にして

「ごめんなさい、有難うと言わないといけないのですが複雑で…」
「いや、すまない。逆を思えば許される行為では無かったな。あの頃は余裕が無かった」

「今はあるのですか、余裕が」

己の口から出た嫌な感情を含めた言葉に驚く
こんなことが言いたいわけじゃないのに、泣き虫な私の瞳から涙が溢れ落ちた。
知っていい気分になるわけないとわかって聞いたのは自分なのに、杏寿郎さんが私だけだったと喜ばなければいけないのに…
杏寿郎さんはぎゅっと私を抱きしめた。

「正直に言おう!我慢している!そちらの面での余裕は無い、かなりな」
「か…かなり…」
「前世では婚姻から急に事を運びすぎた、短命覚悟の上で心の余裕も無かった」
「……。」
「悲しませてすまない、だがそのような姿をみたいと思うのは君だけだ」
「私こそ、ごめんなさい。嫌な言い方しました」

目が合い、手を握られて甲に口付けされる。その艶かしい姿に目を奪われると同時に唇も奪われた。

「ん…」
「今宵は触れてもいいだろうか、君だけを愛していると証明したい」
「……はい」


横抱きされ寝室に連れて行かれる。今世での“はじめて”の夜が更けていった。




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痺莫