ねぇ、振り向いて。 20


家に帰って、先程の出来事を思い出す。
私…実弥とキスしちゃったんだ。

抑えきれないような衝動に枕をギューっと抱きしめた、それでも抑えられずにそのままぐりぐりと頭を枕に押し付ける。

「明日から、どんな顔すればいいの…」

自由登校期間中の今、特に会おうとしなければ実弥に会えないことぐらいわかってるけど…恥ずかしくて会いたくないはずなのに会いたい。矛盾する気持ちに戸惑いながらも実弥とキスしたこと、大学に合格したこと。全てが私を有頂天にさせていた。







・・・







次の日、早速入学の手続きを終えて実弥に会いたいからというのもあるが合格の報告をしに学校に向かっていた。

「(実弥、いるかな)」

学校の門を潜る、気恥ずかしくて実弥には連絡してなかったけど居たらいいな。三年生がチラホラと居る校舎で、そわそわとした気持ちを抑えながら職員室に向かおうとした時に見知った顔を見つけた。

「矢琶羽君!」
「…名前か、連絡無かったから心配しとった」
「ごめんね。何かと忙しくて…」

本当は連絡するのを忘れていたのだ。彼にはかなりお世話になったのに自分が有頂天にいたせいか友達を蔑ろにしてしまったことに後ろめたい気持ちになってしまう。

「[[firstname]]は嘘が、下手じゃのう」
「あ、ごめん…その、連絡返すの忘れちゃってて」
「良い、今日学校に居るということは大学に合格したんじゃろ」
「うん!そうなの、春からまたよろしくね」

私が手を差し出すと握手ではなくそっと手が握られてドキリとする。

「や、矢琶羽君…!」
「ふっ…初いのう」

「名前」

その時後ろから聞こえた声に振り返った、この声を私が知らないはずがない。大好きな実弥の声だ。

「実弥…?」

肩をぐいっと引っ張られて自然と矢琶羽君との手が離れる。
矢琶羽君は特に気にした様子も無いまま手をすっと引き自身の手をポケットに入れた。

「……触んな」
「大人気ないのう」
「名前の許可無く触んな、コイツは男に慣れてねぇんだよ」

何処と無く息を切らしたような様子の実弥は最近にしては珍しくイラついているようで、何かあったのだろうかと心配になってしまう。

ハラハラとした様子で伺っていると矢琶羽君は突然笑い出した。

「クククッ…許可があれば触っても良いということか」
「は?誰が許可するかよ」
「許可は名前がするんじゃろ?」

「不死川君、どうしたの?急に走り出して…!」

また後ろから聞こえてくる声にドキリとしてしまう。
……胡蝶先生だ。小走りでやってきた胡蝶先生は状況を理解していなくニコニコと実弥の横に並んだ。

「二人共こんにちは、揉めているようだけど大丈夫かしら?」
「少し話をしていただけです、胡蝶先生の心配には及びません」

矢琶羽君は普段とは少し違う冷たい口調で返す、そんな彼に慣れなくて目を見開いた。
驚いている私に矢琶羽君がそっと微笑んできた。その真意がわからなくて固まっていると頭を掴まれてぐいっと方向を変えられた。

「いたっ、実弥!」
「大学に合格したからってヘラヘラしてんじゃねェ」
「してな…い?してないよ!」

正直、さっきまでは有頂天だった。緩みの無い顔をしていたのは否めないが、今日ぐらいは良いじゃないかと思い頬を膨らませた。
本気で私も怒ったわけじゃないが、胡蝶先生の前で子供扱いされたようでなんだか嫌だ。

「不死川君も生徒相手に大人気無いわよ、いったい何があったの?」
「……なんでもねェ。お前は合格の報告だろ。職員室行くぞォ」
「あ、うん。またね…矢琶羽君」
「ああ、また会おう」

胡蝶先生のおかげでこの場は収まった。

実弥と矢琶羽君があんまり馬が合わないというのはわかっていたし、二人のことをよく知っているはずの私がこの場を収められなかった。それでころか三つ巴で喧嘩してしまう始末で、圧倒的な器の差に愕然とする。
大人の女性というのは、こういう女性だ…。
実弥と胡蝶先生が並んで歩く後ろについて行く、眩しすぎるぐらいお似合いの二人に私がぐっと息を呑んだ。







その後私は担任に合格に報告をし、そそくさとその場を去った。
いつもなら実弥に声をかけるけど胡蝶先生と隣同士の席で談話する実弥にムカムカと怒りが湧いてきてしまってそのまま職員室をでてしまった。
私は、やっぱりまだまだ子供だな…

もうすぐ高校を卒業するのに、実弥とキスもしたはずなのに、私の心はもやもやとしたモヤがかかっていた。