「前立腺とかあるんだろ?」
「おや、詳しいね。やっぱ興味あった?」
軽く首を横に振る、関根。
「前付き合っていた女に指突っ込まれたことがある」
「そっちか。で、お前はどうだったの?」と少々落胆したように肩を落としながら飯田は聞く。
「悪くなかった」
さらりと言う関根の答えに、飯田のテンションが見る見る上がった。
「うわぁいいなぁ。前も後ろも楽しめるなんてめちゃくちゃ美味しいやんな。俺なんさぁ、突っ込まれる時も背筋がぞぞぞっと総毛立ったしさ、抜かれる時なんて腸が出そうだったぞ」
「ちゃんとローションぬって、そこらあたりを解してからやったのか? 手順がおかしかったんじゃないのか?」
訝しむ声を発しながら、関根も着替えを開始する。立ち上がって体操服を脱ぎ、そばに置いてあった制服へと手を伸ばした。
素早く着替えをするその様を舐めるように眺めながら、飯田はふくれっつらを浮かべた。
「いやいや、ちゃんとやったって。何っていったって相手はこの道何十年のおっさんだったからね」
「そんな奴とお前はいったい何をしていたんだ」
呆れ声で言う関根へ、飯田は記憶を探るようにして宙へ視線を漂わせる。
「何って、セックスだってば。いや、あれは結局途中で終わったんだよなぁ。前立腺触られてもさ、あ、駄目、うんうん出ちゃうぞおい! ってなったしさ。全然気持ちよさの気配もなかったぞ。異物感と排泄感が強すぎてもうあかんかったなぁ」
「俺もそうなるとは思わないのか」と素早く突っ込みを入れる関根。
まぁそりゃあさ、やってみないとわかんないかな、と思ったけども、でも、と飯田は独り言のように呟き、関根の目を覗き込んだ。
「さっきの話じゃあお前さ、大丈夫だったんだろ? そんなら第一ステップはクリアだな。俺なんてそれすら駄目だった訳。まぁとにかく、だから、やらせろ」
着替えを終えようとしていた関根の背後へ回り、尻をするりと撫でる。
「断る」低く声を出す関根。
「えええ、いいじゃんもうさ、触り合いっこしたじゃんよ」懇願する飯田。
制服姿となった関根は体操服を小脇に抱えた。この場を去ろうとしているようだ。その様子に飯田は慌てて、床に散らばっている自分の体操服を拾い集める。
「何度も言わせるな。あれは自己処理の延長みたいなもんだ」
「まぁね、そういう考えもあるよね」と、うなずく飯田だが、諦めきれないような、残念そうな表情を浮かべている。しかしすぐに、勝負に出るとでも言わんばかりにその表情は引き締まった。
「関根君、お願い」飯田、渾身のキメ台詞、といったところか。
「飯田君。断る」がらり、と体育倉庫の扉を開き、その先からあふれ出す光を一身に浴びながら関根は鼻を鳴らす。
関根が歩く後ろを、ちょこちょこと飯田がついてゆく。二人は体育倉庫を出て、体育館を抜けた。渡り廊下から見える校庭には誰もいない。その中央にぽつり、と置かれたサッカーボールが夕日に照らされ、濃い影を地面に落としている。
「寂しそうだなぁ、あれ」
飯田が呟いた。
「そんなこともないさ」
関根は視線を、校庭から前方へ移す。
二人は歩く。長い影がその後ろに付きまとう。蝉の鳴き声はまだまだ続く夏を伝えていた。
end
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