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 頭の中にはいつも、鳴らない黒電話がある。

 華やかな花々に囲まれた草原の中央に一つ、どこか寂しげな様子でそれは存在している。

 吹き止まぬ風を伴奏に、赤いゼラニュームがその美しい花弁を歌わせ、青々とした緑が嬉々として拍手する中、黒電話は沈黙を守り通している。

 鳴らない電話の受話器を、自ら取った事は無い。

 周囲を取り囲んでいる存在を踏みつけなくては、そこへ辿り着けないからだ。

 全てを捨てる勇気の無い俺は、それを遠くからぼんやりと眺め、弛緩した手足を震わせながらただ、彼からの連絡を待っている。

 盛大な演奏を聴きながらいつまでも、いつまでも。

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