飯束は息を飲む。届く視線が柔らかいものとなることを感じた。

 目尻へ指を持ってゆき、そこを引っ張るようにして摩っている井上の、切れ長な二重まぶたをじっと見つめた。

「好きだと言われるまでは、な。本心ではないとわかってはいたが――それでも、胸が高鳴ることを抑えられなかったよ。あの瞬間、お前が眩しく見えてつい、まぶたを細めちまった」

「それじゃあ別れなくても――」

「いいや。別れようという言葉を撤回をするつもりは無い」

 井上の言葉に、飯束は肩を落とした。

 こんなに夢中で追いかけたのは、井上が初めてだった。そんな彼から振られ、どう立ち直ればよいのだろうか。

 合唱部で、ピアノの伴奏をしている姿を思い出す。

 その不恰好な眼鏡の奥に隠れた瞳を見たのは、この空間の中では自分だけなのだろうか。そう考えながら、連なるハーモニーに自分の声が混ざった瞬間の、胸のざわめき。

 毎日を面白おかしく過ごしたいと考え、そうやって、何かに捕まらないよう我武者羅に遊んでいた自分が……徐々に作り変えられて、そんな無理をしなくとも自由に羽ばたけるようになってきた感覚を受けた。それなのに――心から望んだものは手に入らないなんて。

 胸が痛かった。締め付けられた。ざっと、頭の先からつま先まで血の気が下がる思いがした。

 駄目なのか。今まで散々遊んできたつけなのかもしれない。飯束は、唇を噛み締め俯くのだが――頭へ、大きな手が乗ってきた。

 優しく髪を指で梳かれて、飯束の顔が上がる。

 眩しそうに細まるまぶたを見た。

「お前の将来を考えての事だ。ただし、一年半だけ、な。お前が卒業をしたら今度は堂々と付き合えばいい。」

 飯束の頬が瞬く間に赤く染まる。

 鼻を顰めながら彼は、唇を尖らせた。

「い、一年半も俺に禁欲生活をさせるのかよ」

「待てないか」

 眉を上げる井上へ、飯束がますます唇を尖らせる。滑らかな頬を膨らませ、完全にすねた子供のような表情だ。

「待てないに決まってんだろ。そんなに放っておかれて……卒業する頃にはあんたじゃあなく、他の誰かと付き合ってるかもしれないぞ。それでもいいの?」

 軽く睨むようにして井上を見つめるそのまぶたが、徐々に見開かれてゆく。

 初めて見るその表情。

「その時は――さらうまでだ」

 にやりと不敵な笑みを浮かべた顔へ飯束はぼぅっと頬を赤らめながら、見惚れた。



END
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