ため息をつかれるが、飯束は眉を寄せながらすがりつき続ける。
「違う。そりゃあ、最初はそうだったかもしれないけど今は……あんたのことを本気で好きになったんだ。毎日頭から、あんたの存在が離れない! もう苦しくて、たまらないんだよ……どうしてくれるんだ!」
飯束の頬へ涙が流れ落ちた。
まぶたを細めながら、感情の昂りにより赤くなった唇をまた、開く。
「先生。好き。本当に、好きなんだ。なぁ、お願いだから先生」
目を逸らそうとする井上の視線の先へ、鼻を啜りながらも必死な形相を持ってゆき――
「俺を、好きになって下さい」
風で、窓ガラスがかたたっと鳴った。
井上の首元から頭の先へ、一瞬で朱が上る。
それを素早く両腕で覆うのだが、飯束は見逃さなかった。呆気に取られた顔をしながら、まぶたを見開く。
「え? な、何で?」
「見るな。糞っ。そんな顔を見せてきやがって。反則だろうが」
数々の悪態をつきながら、井上は腕で顔を隠し続けている。
飯束は音を立てて唾を飲み込んだ。
「あんた、もしかして、もう落ちてるの? 俺のことが好きなんじゃあないの?」
顔を隠しているその腕へと手を添える。
「何とか言ってくれよ!」
飯束の声が保健室に広がった。
荒げた呼吸を整えていると、井上の腕が下りた。やっと露になったその顔には先ほどまでの赤さは無かったものの、まだほのかに色を残している。
井上は、飯束から視線を逸らし、口を開いた。
「……気になる生徒がいたんだ」
「は?」
突然何を言い出すのかと、飯束が眉を顰めて首を突き出す。
井上の視線が戻ってきた。
苦笑している。
「そいつはいつも笑っていたんだが、それが逆に引っかかって、な。人間、常に明るくおれる事は少ない。思春期ならば尚更だ。それだから注意してよく見ていた。そのうちに……友人に囲まれる生活を送っているはずなのに、ふと、笑顔が消えるその顔を目撃すると、その笑みを戻してやりたいと考えるようになった。それは、教師という立場からそう考えるのだろうと思っていた」
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