彼はうちを出入り禁止になって、学校でもお互い気まずさに話さなくなった。同じクラスだったならばもう少し違ったかな。どうだろうか。

 一度だけ、廊下ですれ違ったときに、ぼそりと呟かれた。お前が好きだった、ってね。

 聞き違いかと足を止めた。彼の去ってゆく後姿を目で追った。なんとなく、自分の唇へ手をやった。僕は、好きじゃあなかったよ、とは言えなかったその、唇へ。

 そのまま僕らは卒業をし、彼は、県外の高校へ行ったよ。一緒に受験しようと言っていた高校へ、僕だけが、通う日々。

 むなしかった。初めて、好奇心とかそういうものではなく、彼との時間を求めたけれどやはり、それは友情でしかなかった。恋や、愛とは違っていた。高校時代、隣の席に座っていた女子へ恋をして、まぁ、成就しなかったけれど。その時のドキドキ感や、気分の高揚と、彼を思い描くことは全然違っていたから、それは確実だったと思うよ。

 それなのに引きずられた。あの日々。薄暗い部屋の中。汗の滴り落ちる音。彼の苦しげな息遣いが、徐々に、快楽を帯びてゆく様。身体の中、内臓を引きずり出されるような強烈な痛み。

 何だろうね。どうして、明るい方向へ進めないのか。もともと根暗だからなのかな。

 どんどんと、歩く道は暗くなった。いや、暗い方向を選んでしまった。

 強すぎる痛みは、記憶に鮮明な痕を残す。

 そうは思わないかな? 君は、どうだろうか。

 高校を卒業した日に両親は離婚をした。あの件が彼らを引き裂く切欠になり、僕は、父と二人で暮らすようになった。そうして社会人になり、父は口癖のように僕へ、早く結婚をしろと言った。それを聞くたび、悲鳴にならぬ声をのどに貼り付けて。

 僕はね、ゲイではなかったよ。今だって、同性を好きになることはない。それなのに、もう、女性とセックスができなくなってしまった。彼女を作っても、抱きしめても、駄目になってしまったんだ。

 彼を恨んだよ。止めなかった自分も恨んだよ。好奇心なんて、持つものじゃあない。

 二十八歳の春。この街に、彼が戻ってきた。結婚をして、腕に、君を、抱いて。

 驚いた。だって、どうして彼に女が抱けたのかが不思議でならなかった。

 僕を好きだと言った唇は、やはり、何の曇りもなく笑みを作っていて、反対に僕は、淀んだ目でその光景をぼんやりと眺めていて。

 許せるものかと思ったね。

 聞きたくない? いいや、聞きたいだろう?

 ――それから僕が、どうやって、どんな風に君の父親を殺したのか、を。

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