「あのなぁ」

 清一郎が眉を顰める。

「ああ、そういえばシコティッシュ。ベッド脇に溜まっていたので片付けておきましたよ。ふふ、僕がいるのに、オナニー。止められないなんて……可愛いですよね、あなた」

 花が綻ぶような笑みを見せられ、清一郎は喉を詰まらせる。

「その、シコティッシュって言い方はよせよ」

「オナティッシュの方が好みです?」

「普通にティッシュと言えって」

 瑞樹はくすくすと、楽しそうに笑う。

「ねぇ、清一郎。精液をティッシュに食べさせるくらいなら」

 彼の声が僅かに低くなる。己の唇を指で撫でながら瑞樹は、ベッドに上がった。

「僕の中に注いでください。……奥まで、いっぱい。溢れてしまうくらいに」

 手を取られ、彼の腹部へとそれを誘導される。薄桃色の蕾が誘惑をするようにそこで微かに震えていた。清一郎の喉がごくりと鳴る。

 駄目だ。距離を置こうとしているのに、触れてはいけない。理性はそう訴えてくるのに、肉欲は素直に頭をもたげる。じわじわとした熱が下半身に集まってきた。

 瑞樹は唾液の滴る舌を艶めかしく突き出した。目の前でそれをぬらぬら揺らされ、清一郎の理性が吹き飛ぶ。瑞樹の後頭部を掴んで顔を上げさせ、開いたままの唇にむしゃぶりついた。

 ああ、やってしまった。そう、微かに聞こえてくる心の声へ、清一郎は蓋をした。

 舌を絡ませれば口の中に瑞樹の淫らな喘ぎ声が響いてくる。胸がざわめいた。間近に見る彼の顔は、うっとりと緩んでいる。赤らんでいる目元。閉じている切れ長な二重まぶたは、たまにひくりと痙攣する。

 どこもかしこも、甘い。清一郎の息がどんどん上がる。じゅるじゅる音を立てて唾液を啜ると、瑞樹の腕が首の後ろに回ってきた。愛しげに抱きしめられ、清一郎はもうたまらなくなる。

 距離を置こうとしたのは、瑞樹の身勝手な健気さが原因だ。清一郎が何の気なしに呟いた言葉を瑞樹は重く受け止め、実行する。彼が今月は生活費が苦しいな、とぼやけば、勝手に家賃を支払われている。帰宅すると、瑞樹がどんな状態であっても――病に臥せっていても、必ず食事が用意してある。必要のないプレゼントの山。付き合うようになってからも、清一郎の出勤する日には必ず店へ現れ、勝手に手伝う。

 何度注意しても、それは直らなかった。むしろ、どうして怒られるのかが理解できないようだ。あなたが好きだから。あなたを思って。そう返される日々が、清一郎の心を錆び付かせていった。

 昨夜、ついに、仕事を辞めませんか、と提案された。いいや、提案ではない。あれは命令に近い。清一郎はそう感じた。瑞樹は優しく微笑みながら、僕の貯金で暮らしましょうと言った。ひとりでは使い切れない遺産を貰ったのだと。働かなくても金が有り余っている様子な理由はそれか、と清一郎は悟った。そして、このままでは自分が、六才年下である彼のヒモとなってしまう。そう感じた。駄目になる……ろくでなしな男にさせられてしまう、と。

 すぐに別れを告げなかったのは、未練があったからだ。この美しい男を手放したくないと思った。平凡である自分に、ここまで尽くしてくれる人間はいない。そうも思っていた。それだから、瑞樹がわかってくれるまでは距離を置こうと言ったのだ。

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