瑞樹とは、清一郎が店長を務めるファーストフード店で出会った。閉店間際に、ズタボロの姿で瑞樹がそこへ入ってきたのが知り合う切っ掛けだ。真冬なのにズボンしか着用しておらず、露わとなっていた身体には乱暴されたらしき打撲の痣がいくつも散らばっていた。美しい顔にも殴られた跡があり、形のよい唇は切れて、端から血が滲んでいた。

 自分のそんな姿を彼は気にしていなかったようだった。凛とした仕草で、清一郎の立っているカウンターへ歩いてきた。アイスコーヒーをひとつ頼まれ、見ているだけで寒々しいのに冷たいものを飲む気なのか、と清一郎は驚いた。瑞樹は目にかかっていた前髪を右斜めへ指で流し、清一郎を見据えた。視線が交わった途端、清一郎の心臓は忙しなく動いた。気づけばカウンターから出て、彼の腕を掴んでいた。バックヤードまで連れてゆき、きょとんとしている瑞樹を椅子に座らせて、怪我の手当てをした。寒かっただろう。そう言いながら清一郎は、着ていた制服を脱ぎ、彼の肩にかけた。すると瑞樹は唇を震わせ、微笑みながら涙を零した。

 聞けば、彼は付き合っていた相手から暴力を受け、同棲していた部屋を追い出されたようだった。こんなに優しくされたのは久しぶりだと囁いたその声は、美しい外見に似合う、澄んだ音をしていた。

 その翌日から、瑞樹の姿を見ない日はなかった。店に行けば瑞樹が必ずそこにいた。開店前は、閉まっているシャッターの前に丸くなって座り込み、清一郎を見つけては嬉しそうな笑みを零した。清一郎は、ゲイではなかったが、瑞樹のように類を見ない美貌をした男からそれだけ好かれて悪い気がしなかった。むしろ、いつしか優越感を抱くようになった。

 出会ってから一年が経ったか。清一郎は過去を思い出しながら短い廊下を歩き、ひとつしかない部屋へ行く。広さ十二畳の洋室は、セミダブルのベッドとローテーブル、大きなテレビ台が置かれている。二人が並んで座るのがやっと、といったスペースしか床は残されていない。

 清一郎はベッドに座ると、臙脂色の薄手なニットカーディガンを脱ぐ。すぐさまそれを、瑞樹がハンガーにかけた。

「勝手に合い鍵を作るなよ」

 ため息をつきながら言えば、瑞樹は愛らしく首を傾げる。

「よかれと思いまして」

 ああ、また、その言葉を出すのか。清一郎は再びため息をついた。

 瑞樹はいつもこうだ。よかれと思って、と言い、自分が望んでいないことまでしてくる。こうして全裸で出迎えてくるのも、瑞樹が勝手によかれと思ってやっていることだ。彼は雇ってもいないのに店を手伝ってきて、報酬を受け取らない。気づけば家に上がりこんでくるようになり、頼んでもいない家事をやってくる。最初はそれを健気だと思った。出会って半年後に瑞樹から、自分はゲイだと打ち明けられ、清一郎がノンケだとはわかっているがそれでも諦められないので付き合ってほしいと告白をされたから、余計にそう感じていた。きっと、好きになってほしいから、こうして健気なアピールをしているのだ。清一郎はその、健気だと思う姿に絆された。

 付き合おうか。そう告げれば、瑞樹はそれはもう嬉しそうに微笑んだ。夢のようだ、と清一郎へ飛びついてきた。これでもう対等なのだから、やりたくないことを無理にしなくてもいいんだぞ。清一郎のその言葉へ、瑞樹は呆けたような表情を浮かべた。その表情の意味は、半同棲状態になり、はっきりとわかった。

 瑞樹は人に尽くすことを生きがいとしているようだ。

- 21 -

*前次#


ページ:



ALICE+