何の話をしていたっけ。そうそう、君との出会いだ。僕ら二年は、三年からそんな風にラケットの振り方を教わったりしなかった。上級生が下級生に教えるっていうのは、それが初めての試みだったんだ。どうやら顧問は、二年と三年が一年経過しても仲良くなれていないことに悩んでいたらしい。だから、もう手遅れな関係よりも、新しい関係へ力を入れようと思ったのだろうね。上級生と下級生の触れ合う機会をそうやって増やしたのだと思うよ。

 彼の企みに、僕ら二年はまんまと引っかかった。君ら一年もではないかな。一、二年は他の部活の連中からからかわれるくらいに仲が良くなったし、それから学年が上がって、二年になった君らが新入部員へラケットの振り方を教えている姿へ、三年になった僕らは嫉妬したけれど、それでも卒業するまでやはり、一年より二年、三年の方が親しかったのだから。

 テニス。楽しかったね。中学時代もテニスをしていたと君は言っていて、その態度は少々生意気であったのだけれど。軟式と硬式は、ラケットの持ちが微妙に違うから、似ているだけで別のスポーツみたいなもの。それへ気づくことに君は、遅かった。いや、気づいていたけれど、軟式の癖が硬式では邪魔となることがあると知り、中学の三年間が無駄になってしまうのではと、悩んでいたようだった。

 そんな君と、中々結果が出なくて唸っていた僕とで、よく部活帰りにファストフード店へ寄ったね。ハンバーガーに齧り付きながら、お互いのもやもやとした胸の内を愚痴り合っていた。そうやって卒業する頃にはもう、自他共に認める親友という関係が出来上がっていて。でもね、僕は、そんな関係がもどかしくてたまらなかったよ。だって、その頃にはすでに君へ恋をしていたから、さ。

 覚えているかな。僕が、二年の最後の試合で惨敗したこと。ダブルスを組んでいた前衛に申し訳ないくらい、飛んできたボールを拾えなかった。何故だか身体が重くて、ラケットを振るのではなく、ラケットに振り回されているような感覚を受けた。声援は、はるか遠くから聞こえてきていて、じじじっと髪が焦げるような暑さに汗だくだった。その汗を吸ったユニフォームがまた、重くて。

 ストレートを打とうとして、クロスになる。左を狙ったのに真ん中へボールは飛んでゆく。サーブだって決まらない。試合の最後の方では上から打つのではなく、下から打つサーブへ変えてしまったくらいだ。

 身体の重さとは逆に、鼓動は焦りからかいつもより速かった。全身が心臓になってしまったかのように、どくどくと、己の血の流れが耳について離れなかった。そうして、僕の最後のサーブミスで試合は終わった。あれほどに無様な試合は後にも先にもない。前衛から罵られすらしなかった。翌日にはパートナーを解消されたので、相当頭にきていたと思うよ。

 まぁ、そうして、人生最悪の試合が終わってから、恥ずかしさや情けなさに涙が込みあがってきて、こそりと木の陰に隠れて頭を抱え蹲っていた時に、さ。君が、僕へ、スポーツドリンクを差し出してくれた。顔を上げられなかった僕の、手を掴んでそこに、ペットボトルを握らせてくれた。

 もしあの時、慰められていたら。嘲笑われていたら。今のこの関係はなかったかもしれない。

 君はただ、黙って僕の隣に座った。僕が泣いて、背中が震えていても、そこをさすったり、叩いたり、宥めすかしたりをしなかった。そのうちに気持ちが落ち着いてきて、顔を上げてみたら、じっと、見つめてきていた視線と目が合った。僕はね、そこに宇宙を見たような感覚がしたよ。聞こえていた声援や、ボールを打つ音、走る音、風の流れ、土と汗の匂い、口の中にあった涙の味、とにかく、感じていたものが全てざぁっと遠ざかった。見つめ合っているその距離に、新たな空間が生まれて、そこは宇宙のように広く、寂しく、しかし新しく、わくわくとするような、輝いているような、未知なものを受けたんだ。

 そのうちに君は、試合に呼ばれて僕へ頭を下げ、走り去っていった。僕は、その後ろ姿を眺めながら、胸が締め付けられる様を覚えた。ふらりと立ち上がり、部活仲間からは少し離れて一人、君の試合をじっと見つめ、口の中でぼそぼそと、応援した。がんばれ、そこだ、惜しい、次は――そうだ、そっちに打って――と。

 試合が終わり、部活仲間のもとでなく、君は僕のもとへ走ってきた。眉を下げ、悔しそうに顔を歪めて、次は勝ちます、と言った。そう、次は、と言った。僕たちにはまだ次があるのだと、思い出せた瞬間だった。


- 38 -

*前次#


ページ:



ALICE+