部活以外でも、僕らはよく一緒にいたね。成績が上がらないと唸る君へ僕が教えたり、さ。問題がわからない時はどうすればいいのかと尋ねられ、答えを空欄にするくらいならば何でもいいから書くべきだと言ってみると君は、数学のテストなのに何故か化学式を書いたね。戻ってきたテスト用紙。あれには本当に笑ったよ。何せ、赤ペンで、二酸化炭素はこの公式から生まれません、なんて書いてあったのだもの。先生も面白いことをするものだ。

 いつの間にか、僕たちの距離は、友人という間柄よりも更に近づいていた。同級生よりも君と一緒にいる方が楽しくて、クラスメイトからは彼女を作らないのかとよく尋ねられた。よく告白を受けるのに何故オーケーしないのか、と。答えは単純で、ただ君といる時間を他のものに奪われたくなかったからだったのだけれど、それは言えなかった。

 卒業式が終わってから、君と、テニスコートで写真を撮ったね。携帯で、自撮って言うのかな。撮ってから、照れたように笑った君の、仄かに赤くなった頬がとても素敵だった。

 卒業しても、もちろん会えますよね? と、少し上擦った声で言われ、当たり前だ、と答えた。そうしたら、さ。いきなり携帯電話を弄り始めて。今この瞬間を無駄に過ごすのかなとぼんやり、僅かな怒りを覚えてきた頃、自分の携帯電話がメール着信を示した。

 そこには、好きですと。君からの愛の告白があった。真っ先に込みあがったのは喜びではなく、驚きだったよ。まさか、互いに想い合っていたとは想像すらしていなかったからね。僕は、この気持ちを告げられぬまま一生過ごすのだと覚悟していたんだ。

 唖然としていた僕へ、何か言ってくださいと、すねたように君は呟いた。何かって、言えるはずもなかった。そのくらいに胸がいっぱいだったんだ。だから黙って抱きしめた。君の手が、僕の背中に回ったあの感動といったら。

 人の気配を感じてすぐにその抱擁は終わってしまったけれど、僕たちの関係はそれからずっと続いて……大学生になってからも、君へのメールにハートマークを打ち、社会人になってからも、君への声に愛を囁いてきた。

 初めてキスをしたのは、君が高校を卒業した翌日だったかな。照れくさくて手を出せないでいた僕へ、君は、まぶたを閉じて卒業祝いをねだった。君の部屋で、僕たちは唇を合わせたんだ。窓から差し込んでくる夕日は君の横顔を綺麗に半分赤く染め上げていて、ああ、名前の通りその色が似合うのだなと、胸が掻き毟られるくらいに苦しく、しかし、その苦しさはとても甘かった。

 セックスは、僕が大学二年で、君が一年の頃だ。はっきりと覚えているよ。驚きが強かったから。

 やはり君の部屋に遊びに行っていて、さ。まだ昼間だったのに、いきなり部屋へ鍵をかけたかと思えば服を脱ぎ始めて。驚き慌てる僕へ、鮮やかな笑みを見せながら、いやらしく囁いてきた、触って、というあの声。我を忘れる瞬間ってああいうことだと思うよ。もう無我夢中で、あれよあれよという間に君を抱いてしまった。君の中に入れたあの、痺れるような一体感。二人とも初めての性行為で、他者から見たらさぞかし拙いものだっただろうけれど、僕はとても幸せだった。君も、そうだったのだよね? 終わってから、抱きしめ合って、眠りに落ちる前。こんなに人を愛せるとは思わなかったと、君は言ったもの。

 時の流れは、学生時代の方が遅く感じる。それはどうしてなのか、大人となった今でもわからない。過去はきっと全て脳の中に収納されているのだろうけれど、記憶としてそれを引き出そうとしても、どこの棚にしまったのか。最近それが特に曖昧となってきているよ。君との経験も、思い出そうとして思い出せるもの、そうできないもの、努力しなくてもふと頭に浮かぶもの、様々なシーンがこの、脳の中にある。勿体無いよね。アルバムみたいにきちっと収納されていて、開いたら全てが見られるようになっていればよいのに。

 ああ、ほら。暑いのかな? 毛布からもぞもぞ出てきたかと思えば、蹴飛ばしちゃって。春だとはいえども風邪を引いてしまうよ? ちゃんと、肩までかぶりなさいね。


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