ああ、また酒がなくなってしまった。おかわりをください。そう、ロックで。ああ、いや、今度はストレートがいいかな。喉が渇いて仕方がない。あの、色を、もう一度、見たいと願う自分に……

 今はなにをしているのか、見てわかりません? 酒に溺れているんですよ。ほら、けたたましく鳴っているこの、携帯電話。相手はね、彼と同じく、高給取りです。そいつのヒモやってます。ヒモ。ははっ、はは――……全く、笑えない。人が足を踏み外す瞬間なんて、ほんの些細な出来事が切欠です。真っ直ぐ歩いているつもりでも、気づけば曲がっていたりする。どこで、何を間違えたのか。自問自答してもわからないし、わかったとしても過去を変えられる術はないんだ。

 失った人は、戻ってこない。そうでしょう? ねぇ、バーテンさん。この、電話の相手。ディスプレイに出ている名前に覚え、ありませんか? うん、そう。あなたのね、元彼です。つい先日にあなたと別れた彼氏ですよ。あなた、彼をとても大切にしていたようですねぇ。うんざりする程尽くされたと聞いていますけど? そんな事を言いながら彼、今は俺へ、失笑するくらい尽くしてきますけどね。ああ、尽くされるよりも尽くしたい人間だったのかな。

 おや? アイスピックをそんなに強く握り締めて……いい表情しますね、あなた。うん、悔しそうだ。ははっ、人を、殺したいという表情がたまらない。

 縋ったらしいじゃあないですか。駄目ですよ、そんなことをしては。もっと自分を大切にしなくてはね。彼、あなたと付き合っていた頃から俺と二股かけていたのに。他の男の影に気づいてはいたでしょう? それでも知らない振りをしていた。違いますか? これは、彼から聞いたんです。だからこそ苦しかったようですが――馬鹿ですよねぇ。それこそ身勝手だ。

 同じです。彼も、俺も。呼吸すら難しくなるような甘さにむせてしまった。もういらないと何度訴えても与えられるその苦痛を、誰もかれもが味わえばいい。でないとこの気持ちは決してわからないでしょう。

 それなら何故、その甘さに浸ることを繰り返すのか。元彼のヒモをしているのか、って、察してくださいよ。それをあなたに言うつもりはないですからね。想像くらいはできるはずだ。


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