大学に入るまでは、地味な人生を送ってきたのだと思う。授業が終わっても誰かと話をすることはなく、ただ黙って席に座り本を読む。そんな、クラスに必ずひとりはいるような奴。友人なんていなかった。本に出てくる友情に憧れても、自分から誰かに話しかけることなどできなくて、そういう自分へ誰かが話しかけてくれることもなかった。息をしているだけの生活を何とか変えたいと考え、大学の合格通知が届いた日、すぐに美容室へ行った。それまで全く弄ったことのなかった髪をキャラメル色に染め、全体には内巻きでワンカールさせるパーマをかけて、流行のマッシュカットに。眉下で切り揃えた前髪は、それまで覆われていた視界をとてもクリアにした。ぼさぼさだった眉も整え、ファッション雑誌を読んでお洒落な服も買い揃えた。しかし外見を整えても無駄で、大学に通い始めても中々友人はできなかった。きっと地味な中身が透けて見えたのだろう。

 見えている景色は、通う大学だ。だだっ広い教室に集まり座る数人の塊がぽつ、ぽつ、とある。僕だけがそこにひとり、うつむき座っている。ああ、この映像は過去の記憶だ。今見ているものは夢に違いない。

 教室内がざわめき始め、智泰がそこへ入ってきたのだとすぐにわかる。彼はどこにいても人気者だ。彫りの深い整った顔立ちをしており、僕とは違って自然にお洒落。身長は確か百七十八センチ。僕より三センチ高く、細いのに筋肉質な体格。男女問わず注目を集める智泰とは、大学に入学して間もない頃に知り合った。大学デビューを狙った自分に恥じ入りたくなる、堂々としたオーラを放ちながら彼は、僕に話しかけてきたのだ。

 僕は、彼という餌にすぐ食いついた。うまい餌の先に、尖った釣り針があるとは気づかなかった。共に過ごす時間が増えれば増える程、彼の魅力に取り付かれた。自分もそうなりたいと、憧れた。

 智泰は、当たり前のように僕の隣へ座った。

「秋人。髪に寝癖ついたままだぞ」

 爽やかに笑いながら、僕の後頭部を撫でてくる。

「うええっ!? セットしたつもりが……」

「ワックス、持ってきてるから俺が直してやるよ」

 水がないと難しいかもな。そう呟きながらも彼は、授業が始まるまで僕の髪を弄り続けた。

「お前、ほんっと目がでかいな。いいなぁその、くっきりした二重まぶた。憧れるわ」

 一度だけ、彼から憧れる、という言葉を貰った。あの瞬間を自分はいつまで大切に抱こうとするのか。

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