立ち上がってゆく智泰を呆然と眺める。彼のことは、自分にできた唯一の友人だと思っていた。一緒にいると楽しくてたまらなかった大学生活は二年で、唐突に智泰から終わりを告げられた。騙され、複数人から犯され、その時に撮影されたビデオを盾にされ、気づけば薬漬けにされて。
鼻を鳴らし、片方の唇だけを吊り上げる奇妙な笑い方をしながら彼はまぶたを細め、僕から宙へと視線を移してゆく。
智泰に向けられる周囲からの評判はとてもよかった。そんな人間が、ここまで残虐な行為を強いることができるなんて、誰も想像がつかないだろう。しかし、それを見抜けなかった自分が間抜けだったのだと、今、強く思う。
「地味な人生? ふん、馬鹿にしやがって。好きに生きてゆける癖になぁ。俺はずっと。永遠に自分を偽り続けなければいけないんだ。同情するだろう? なぁ?」
智泰は煙草を床に落とし、足で踏み潰した。歯を食いしばり黙っていると、丸めた紙のようにぐしゃぐしゃに顰めた顔を見せてくる。
「同情、しろよ!!」
びりびりと、彼の怒鳴り声が小屋の中に響いた。
「自分で選んだ。敷かれたレールでも、そこを走ることを、選んだのは君だ」
うまく舌が回らない。しゃべるたびにそこが痛み、跳ねる。
智泰から冷めた視線を投げられた。
「お前と俺は平行線上にいる。決して交わらない。俺はこれから穏やかに、心を殺して生きる。さて、お前はどう生きるだろうな。もう地味な人生は送れやしない。大学でもひそひそと、お前の噂がされているぞ」
「噂を流したのは、君だろう」
「ついでに秋人が主演のビデオも、広めておいてやった」
と、笑い混じりに言うと彼は、腰をくの字に曲げて腹を抱えた。
「はっ。ははっ。ははははは!! ああ、楽しかったわ。覚えてるか? 最初にお前をさ。騙して連れ出し、数人で犯しまくったあの夜を。ケツから血を流しながらひーひー喚いていたよなぁ。ばたばた暴れる姿はまるで、酸素を求める魚みたいだった。そのまま窒息死でもしそうなくらいに、お前は……ふはっ。思い出すと笑いが止まらん」
全身に悪寒が広がった。狂っている。涎を撒き散らす勢いで笑い続けている姿を見て今更確信した。こいつは狂人だ。
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