あの一夜の過ちを完全に忘れた夏の日。私は再び彼と出会ってしまったのだった。
「本日の撮影は以上で終了です!お疲れ様でしたー!」
予定時刻よりも早く撮影が終わり、息抜きがてら撮影現場からホテルまでの道のりを歩いていた。お腹も空いたし良さそうなお店があれば入ってみようと考えていた所に、" おにぎり " という文字が目に入り、気分はもうおにぎりだ。
「いらっしゃい」
店内に入ると、爽やかな笑顔が似合うお兄さんが出迎えてくれた。ん?あれ、この人、見た事ある気がする。何処でだろう。
「何にする?」
「んーー、メニューたくさんあるんですね」
「せやねん」
「……オススメで、お願いします」
思い出せそうで思い出せないのがもどかしくて、カウンター越しにおにぎりを握るお兄さんをジッと見ていると、目が合った。やっぱり、私この目知ってる。
「顔に何か付いとる?」
「へ?あ、すみません!まじまじと」
「あーー、もしかしてお姉さんツムのファンか」
「………ん?」
「ちゃうん?」
「……つむ?」
ほれ、とお兄さんが目で差したのは、お兄さんと同じ顔をした金髪の " 彼 " だった。そう、名前は確か、宮侑。
「……あの時の…」
「ん?ツムの知り合いなん?」
「あ、いや、知り合いではないです」
「ほーん」
炊き立てご飯のいい香りのおにぎりと豚汁、お新香が目の前に出され、ぐう、とお腹が鳴った。
「……いただきます」
「あー、さっき俺ん事見てたんは、ツムやと思ったんやな」
「似てるなって」
「片割れやからな、ツムは」
「でも、あの人だとは思いませんでしたよ。似てるけど、似てないです」
「あの人ねえ。やっぱツムの知り合いやんな」
「……違います」
「ほーん」
いただきます、と手を合わせるとお兄さんは礼儀正しいんやなと笑った。このお店に女性客が多い理由が分かった気がする。
「どや、美味いやろ」
「凄く美味しいです。これ、ネギトロですか?」
「おん」
「私、ネギトロ大好きなんです!美味しすぎて毎日食べれます!」
私がそう言うとお兄さんは満足そうな顔していた。最後の一口を食べようとした瞬間、勢いよく戸が開けられた。
「サムー!メシー!」
「普通に開けろや!」
「……」
「え?!ムスビイの宮侑や!」
「ホンモノ?!やば、イケメン!」
あの人が来た瞬間、店内が騒然としている。有名なんだろう。黄色い声もちらほら聞こえ、写真撮影を求められているが、彼の一言で店内が凍り付いた。
「あー、ゴメンな。応えてあげたいんやけど、むっっちゃ疲れてんねん。察してくれへん?」
「で、ですよねー」
笑顔だけど目は笑ってない。数秒の沈黙の後、声を掛けた彼女達はもちろん、他の客も急いで店を後にした。
「こんの、アホ!」
「あ?」
「お前のファンやろがい!」
「うっさいわ!こっちは疲れとんのや!!」
「ほんっまに、お前は人でなしやな!」
「あぁ?」
「………」
「お姉さん、すまんな。うるさいやろ」
「いえ、もう帰りますので」
「おん?あーーー!」
この人があの日の出来事を覚えていない事を願っていたが、その願いは叶わなかったようだ。私の顔を見た瞬間に大声で叫んだ。
「うっさいなぁ!鼓膜破れるやろが!」
「……何、ですか」
「うわ、凄ない?俺ら運命ちゃう?」
「お、そや。お姉さん、ツムと知り合いやってんな」
「こんなデリカシーのない人、私の知り合いにはいません。お会計お願いします」
「いやいや、覚えとるやん!俺んこと」
「知りません」
「あん時も、デリカシーどうのって言うとったやん」
「何の事ですか」
「ほーん?言うてええんやな?サム、俺な藍ちゃんとヤった事あんねん」
「は?」
最低にも程がある。何なんだこの人。デリカシーもない上に、最低最悪。無言でお財布からお金を出してカウンターの上に置いた。
「お兄さん、おにぎり凄く美味しかったです。ご馳走様でした」
「ま、まいど」
「おーい、藍ちゃーん?」
「………最低」
お兄さんに笑顔でご馳走様と伝えると、聞こえるか聞こえないか位の小さな声で、あの人に最低と言いお店を出た。