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私が生まれ育った町は一年中藤の花が咲いていた。咲いていることが当たり前で、枯れることなんてないと思っていた。あの日までは。

「へえ、どんな人なの?紀代ちゃんの旦那様」
「とっても素敵な人よ」
「紀代ちゃんが結婚だなんてお兄ちゃんが知ったら吃驚するね」
「勇作さんは隣町に?」
「お土産頼んだから一緒に食べよ」
「ふふ、美味しい緑茶を用意しないとね」

七つ上の紀代ちゃんが嫁ぐことになったのは、私が十歳になってすぐのことだった。誰が見ても分かるほど、私は紀代ちゃんの結婚に浮かれていて気付くことができなかったのだ。『陽に当たれないんですって、藤の花も苦手だって言ってたのよ』という言葉に。

「ふーん、他にいい所ないのかねぇ」
「お兄ちゃん寂しいんでしょ。紀代ちゃんがお嫁に行っちゃうから」
「ほら、紀代んとこ行くんだろ」

紀代ちゃんと同じ十七歳の兄の手はいつも傷だらけでゴツゴツしていた。だけど私はこの大きな手が好きだった。日が暮れて外を歩くときはこうして手を繋ぐことが我が家の決まりなのだ。

「騒がしいな」
「何かあったのかも」
「兄ちゃんが見てくる。お前は此処で待ってろ。すぐ戻るから」

普段からは想像つかない真剣な顔で兄が待てと言った。まだ十歳だった私はただただ、黙って頷く事しか出来なかった。兄が様子を見に行って数分後、様々な場所から悲鳴が聞こえてくる。鉄のような匂いもしてる。何が起きてるんだろう。

「一露葉ちゃん?!」
「よかった。一露葉ちゃんは無事だったんだね」
「何があったの?」
「紀代が藤の花を焼いたのさ」
「どうして……」
「紀代の婿は人喰い鬼だ。鬼は藤を嫌う。だからこの町は守られていたんだ。それを紀代が」
「鬼がみんなを襲ってるってこと?」
「一露葉ちゃん、あんただけでも逃げなさい。藤峰山の麓にある寺に走るんだ。いいね」
「…お兄ちゃんが此処で待ってって」
「勇作に伝えておくから行きなさい」

兄と同じ真剣な顔だった。そしておばちゃんに言われた通り夢中で藤峰寺まで走る。私が寺に着いて数刻後、兄が見た事のない服装をして刀を持ってやって来た。

「良かった、無事か」
「お兄ちゃん!」
「お前はあの祠の中に入れ」
「罰当たりだよ!」
「大丈夫だ。あれはお前の為に造られた祠だから」
「え?」
「いいか、俺が今から言う事を聞くんだ」

兄は言った。まだ十歳の私には受け入れる事なんて出来るはずのない私の残酷過ぎる運命を。

紫藤家は代々医学に精通している。そして、数百年に一度、たった数刻だけ咲く白い花がある。特別な条件が揃わないと咲かない花だ。その花を摂取すると驚異的な治癒力を得ることができる。そして、鬼を滅する薬を作る事ができるそうだ。まだほんのニ歳だった私は、その花を採り蜜を摂取してしまったらしい。鬼から隠すため、この町では藤を植え枯れさせることなく咲き続けているそうだ。そして、兄は鬼を狩る鬼殺隊となった。もしもの時にこの町を、私を守るために。

「町には戻るな。朝になるまで祠から出てくるな」
「お兄ちゃんは?」
「悪い鬼を退治してくる」
「ダメ!危ない!お兄ちゃんも中に」
「これが兄ちゃんの仕事なんだ。紀代のことを恨むな。鬼に操られていたんだ」
「分かった。ねえ、お兄ちゃん。早く戻ってきてね?待ってるから」
「……ああ。いい子で待ってろよ」

そう言って兄は二度と私の元に戻らなかった。朝になり祠を出ると町は荒れ果てていた。年中咲いていた藤は全て焼き払われ、建ち並んでいた家は崩れ、赤い血の海が至る所に広がり、大好きだった町の人々が死んでいた。

「お兄ちゃん?!お兄ちゃん!起きて!お兄ちゃん!!!!」
「………」
「お兄ちゃん!!!!!!」
「………」
「やだ!お兄ちゃん!!!!!」

どんなに揺らしても叩いても名前を呼んでも、兄は起きることはなかった。殺されたのだ。私を狙った鬼に、大好きな町の人々も家族も。

そして、私は気を失った。