誰が為に 1/5


どうかどうか、あなたの笑顔が曇りませんように。

この命絶えるまで。

この命絶えても。






 朝の冷たい風に乗って、一羽の鳩が私の部屋に舞い込んできた。
 法介くんの伝書鳩だ。

「アポロ、随分早かったのね」

 アポロが随分と疲労していることは、目で見てわかった。国と国を往復するのに、伝書鳩では一週間以上かかるはずだ。
 アポロがもうこちらに返事を持って帰ってきたということは、手紙の内容が急を要したからに他ならない。
 それは乱暴に走り書きされた、彼からのプロポーズの言葉だった。
 必ず生きて、そして結婚しようと。
 おそらく彼は、そのメッセージをアポロに託すとともに出陣しただろう。出陣して三、四日もあれば、きっとうちの国の兵とぶつかる。そしてその時点で、開戦。

「駄目、法介くん…!」

 私はその走り書きされた白いタイをぎゅっと握った。
 何故だか、悪い予感でいっぱいだった。そもそも戦争に良いも悪いも無いのだけれど。

 彼はどんな手を使ってでも戦争を止めると言った。
 私の為ならば犠牲を厭わないと。
 法介くんだけじゃない。龍一さんも、怜侍さんも、同じような言葉を吐いた。
 それでは駄目。
 彼らのあの優しい手を、血で汚すわけにはいかない。
 戦争の是非の問題ではなくて、私個人が嫌なのだ。そんなのは我慢できない。

 龍一さん、怜侍さん、法介くん。

 どうすればいいの。
 私に何ができる?

 たいせつな貴方達のために、私は。







「姫!!」

 突然の怒鳴り声にも似た呼び声に、私はびくりと振り返った。
 血相を変えた、怜侍さん。
 いつものようにドアを開けっ放しにするなとか何とか小言も言わず、入室の許可も得ずにずかずかと入ってきて私の前に立った。
 わずかに唇を震わせている。

「れ…じさ…。まだ、城の中にいたの」

「いや、後方の陣から指揮を執っていた。諜報員からの情報を得て、いま一度単身にて戻ってきた」

 そう言いながら彼は一枚の紙を差し出した。




 戦争の発端となった隣国との不仲の原因、隣国の王の病。
 そしてそれらを「仕組んだ」黒幕、その人物の名前が、その紙に記されていた。
 文の終わりにはPのイニシャル。

「P…フェニックス、ね」

「ああ、彼からの調査報告だ」

 フェニックス。この国に仕えているある諜報員のコードネーム。
 国の中枢人物以外、姫であるこの私でさえも彼の正体は知らないけれど、その名前だけは誰もが知っていた。それほど有能で有名な諜報員だ。
 彼の集めてくる情報は、いつだって正確でそして重要なものだった。
 とにかく、それは100パーセント真実で信頼できる情報だということなのだ。

「これが…真実、なのね…」

「…そうだ」

 さっきまで頭を抱えて悩んでいたことが弾けた。
 私にできること。
 そう。止めなければ、彼らを。
 あの黒幕以外に誰も悪くなどないのだと知らせなければならない。

「怜侍さん」

 私の目を見て、おそらくこの決心を汲み取ったのだろう。
 怜侍さんは観念したかのように息を吐きながら天を仰いだ。

「行こう」

「…姫君の、仰せのままに」




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