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深呼吸をひとつして、彼にそれを差し出した。
先生に答案用紙を渡す生徒、なんてものじゃない。
もっと恭しく、厳かで、息も止まるほどの緊張が包む。
それは私が初めて造った物と同じスタンダードタイプの菱形のクナイだ。
一番単純な形状のくせに、だからこそ一番造り手の技術が問われる忍具。
この完成だけを、ただただこの人に―半年間も寄り添ってくれたカカシに、見てほしくて。
認めてほしくて。
私からそれを受け取ったカカシは持ち手を握り、感触を確かめる。
指で刀身をなぞり、刃先に触れ、くるりと回したかと思うと、次の瞬間には、その手の中にはもう無くて。
私の目には追えない速さ。
風が通り抜けるように髪を揺らしたかと思うと、ドッ、と鈍い音。
音の方へ振り向くと、試し撃ち用の板のど真ん中に、それは突き立っている。
背丈ほどもあるその板が、クナイの突き立てられたわずかな裂け目から縦に大きく裂け、真っ二つに崩れ落ちた。
分厚い板が倒れる衝撃と舞い上がる砂埃に私は身を屈め、むせて咳き込む口許を押さえた。
「げほッ...!!か、かし...」
「ん...、ごめん、ビックリさせた」
「そうじゃ、なくて、...ケホケホッ、それ...!」
咳き込んでしまって言葉が上手く出ない。
私が聞きたいのは、その完成度がどうかという、その一点だけで。
「あー、うん、そうね。コレ、一言で言うと...」
もくもくと立ち上がった砂埃が徐々に鎮まっていくと、カカシが右目を弓なりにして笑っていて。
「ゴミ」
「...!!」
「なーんて言うわけないよ」
「!!!」
「冗談冗談、ははは」
一言目でゴミと言い放たれたあとの、フリーズした表情が上手く解けなくて金魚のように口をぱくぱくさせてしまう。
それを見てカカシは一層声をあげて笑った。
自分は決して冗談が通じないたちではない、が、これはあまりに酷い冗談だと抗議したくなった。
「カカシっ!」
一歩踏み込んで詰め寄ると、ぽん、と頭上に何かが落ちた。
反射的にぎゅっと目を瞑ってしまう。
ぽん、ぽん、と二度弾む。
恐る恐る目を開いて見ると、カカシの腕が視界の殆どを遮っていた。
私の頭上で弾んだのは、カカシの手のひらだった。
「サキホ、」
こどもを宥めるように私の頭に置いていた手を下ろし、私の名を呼ぶ。
その声の低さがお腹のあたりに響く感じがして震えた。
「最高だよ、間違いなく、今まででイチバン」
「......ほんと、に、」
「自信があったから呼びつけて見せてくれたんでしょうが。いやーそれにしても想像以上の出来だねコレ。チャクラが吸い付くみたいに浸透して、思ったより力入っちゃった。あ、板、壊しちゃってごめん」
のんびりとした口調でそう言いながらカカシは倒壊した板のところまでゆるりと歩き、いくつかの木片を掻き分けるように退けると、その下に埋もれていたクナイを拾い上げた。
「ねぇカカシ」
屈みこんだ背をよいしょ、と伸ばしながらこちらに振り向く。
「ん?」
「できるかな、私」
「......」
「クロガネ、やっていけるかな」
「サキホ」
私の眼前に、いま拾い上げられたクナイが突きつけられる。
黒い切っ先が鈍く光る。
「クロガネの銘に恥ずかしくないクナイだよ、オレが保証する」
今回ばっかりはありがとうが言葉にならなくて、たまらず、抱きついた。
「......、ちょ、」
忍服の埃っぽいような匂いを吸い込む。
ほんの二三秒。
片手で軽く身体を押し返された。
嫌だったろうかと覗き込むように見上げると、カカシは少し困ったように首を掻いて言った。
「...危ない、よ、クナイ持ってるんだから...」
ホールドアップするように右手に待っていたそれを顔の高さまで上げて、ほら、と私にアピールする。
それの切れ味に関しては私が一番よく分かっている。確かに、不用意に肌に引っ掻けたら血を見るだろう。
「ごめん、つい」
「つい...って、おまえ、こういう、」
「?」
「...や、何でもない」
口ごもったようにも思えたが、私が問う隙も与えずに彼は何でもないとキッパリ言い捨てた。
視線を外されたのを合図に、半歩引いて身体を離した。
気持ちがいっぱいになってしまって無意識にとった行動だったけれど、その数秒間の感触はひとつひとつがやけに意識に響いている。
頭ひとつ背が高いところとか、横目に見た二の腕の逞しさ、呼吸で上下する胸板や、忍服の匂い。
半年間近くで見てきたはずのものなのに。何故だか凄く異質のもののように思えた。
少しの沈黙の後、あ、とカカシが先に口を開いた。
「営業再開祝いのプレゼントがあるんだった」
「えっ何何」
「オレの友達が紹介して欲しいってさ」
「...それ、って...」
「お客様第一号を連れてくるよ。
オレからの、クロガネ二代目店主へのお祝いだ」
カカシは優しい声色と微笑みを添えてそう言った。
思いもよらなかったその答えに、先程の衝動にも劣らないほどの喜びが沸き上がったが、同時に申し訳なさが生まれる。
私は嬉しいはずのそのプレゼントを、彼の言うその言葉の通りに受け取るわけにいかなかったから。
「...カカシ...」
「ん?嬉しくなかった?」
「嬉しいよ、すごく、でも......そのプレゼントはちょっと違う。決めてたんだ、私」
「え?」
「私のお客様第一号は、あなただって」
ずっとずっと前から、決めてたよ。
第四話 了
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