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 猿飛アスマが任務の召集で立ち去ってから、少しだけカカシととりとめの無い会話を交え、窓の外に見える空の色を見ると茜と藍が混じっている。
 もう夕刻だということがわかった。
 新たな注文を請けたけれど、今日はもう作業は出来ない。
 アスマの武器を見て気持ちが高揚していることもあり、恐らく今から作業を始めると、私は寝ないで没頭してしまう。
 夜きちんと寝て休息を取らないと、目の前にいる世話焼きの忍にまたたっぷりとお説教されるのは目に見えていた。


 いつも通り頭に巻いていたタオルをほどくと、視界が黒いカーテンで覆われたようになった。
 頭を振ってそれを振り払おうとするけれど、上手くいかない。
 煩わしさに顔を歪めていると、それを見ていたカカシが言った。

「髪、伸びたな」

 そう。それが、黒いカーテンの正体だった。
 最後に切ったのがいつだったか思い出せない。少なくともこの半年の間で一度も切っていないことは確かだ。
 それまでは...親方の生前は、自分で気付いた時に切ったり、親方が切ってくれたりしていたのだけど。

「うっとおしいなぁ...」

「少し切ってやろうか?」

 上手くできるか保証はしないけど、と自嘲ぎみに笑ってカカシは言ったけれど、私はその提案に甘えることにした。
 髪型というものをさして気にしたことがないから、うっとおしくなくしてくれればそれで良かった。
 それに、彼は私の知る限りではかなり手先の器用な印象だ。
 たぶん、散髪だろうが折り紙だろうが飴細工だろうが、人がやっているのを見ただけでそつなくこなしてしまうのではないか。
 鍛冶屋にだって、彼ならなれる。そんな気がした。


 促されるまま作業用の丸椅子に座って背を向けた。
 私の髪の量や長さを確かめるように、手甲を外したカカシの指が髪を鋤く。
 その長く冷たい指先が耳や頬や首筋にかすかに触れるたび、くすぐったさを堪えて身を強張らせた。

 何故だか、きゅっと胸が締まって、落ち着かない。




 ざく、ざく、しゃり、と刃物が髪を切り落とす音が響いていた。
 辺りは不思議と静まりかえって、その音と二人の呼吸と自分の心音だけがこの世に存在しているみたいだ。
 ああ、でもなぜ、こんなに心音がうるさいのだろう。
 あんまり考えたくない。
 とても難しいことのような気がする。




 思考を閉じておこうとぎゅっと目を瞑って身動きをしないようにしていると、不意に、くく、と背後でカカシが喉を鳴らして笑ったのが聞こえた。
 なに?と言いたくて、頭をぐんと仰け反って、さかさまになっているカカシの顔を覗いてみた。

「こら、動かないで」

 犬に躾をするみたいにそう言いながら、やっぱり目が笑ってる。

「なに笑ったの?」

「んー。うん、あのね、」

 今日、麦畑を見たんだよ、とカカシは言った。
 それの何が可笑しいのだろう。
 でも彼はどこか嬉しそうにニコニコと笑っている。
 とりあえず、血が上ってしまいそうなので仰け反った頭は正面に戻した。

「たまたまね、任務が終わって解散した地点が麦畑だったの。サキホ、見たことある?」

「無いよ」

「そう。麦はね、今ちょうど刈り入れ前なんだ。海みたいに青々繁ってさ。風が吹いたら音がして。それもまた海鳴りみたいで」

「ふうん...。それが面白かったの?」

「サキホの髪がさ。麦の穂先みたいだな、って」

 もうすぐ穂が茶色になって、半月もしたら刈り入れかなぁ、なかなか見ごたえあるから見せてやりたいけどなぁ、とカカシは独り言のように呟いた。
 麦と言われて、間近に見たことは無いがなんとなくの形状は思い浮かぶ。
 しかし私は黒髪だし、似ているというのは質感のことだろうか。
 私が思い浮かべた麦の穂は、カサカサとしてしなやかさのない竹ボウキのような物だった。
 実際、洗う以外の髪の手入れなどしたことがないからそれに近いのかも知れない。



式日