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 カカシは三人に私のことを贔屓にしている鍛冶屋の店主だと紹介した。
 彼が臆面もなく贔屓だと言ってくれたことはすごく嬉しくて、誇らしくて、その瞬間だけ思わず口許が緩んでしまった。

 三人とも、カカシの後輩だという。男性二人のうち茶色い髪はテンゾウ、青みがかった黒髪のほうは紺、女性の名はあんずというそうだ。
 あんずは空いていたカカシの隣にごく自然にすとんと座り、両腕で頬杖付きながら彼の顔を覗きこむと、久し振りねと目を細めた。
 久し振りの挨拶をするのは、いい。
 しかし何故そこに腰を下ろすのだろう。
 気の置けない相手との食事に水を差されてとてもではないがいい気分では無い。

「あんずさん、カカシ先輩のお連れさんがいらっしゃるのに悪いですよ」

 茶髪の男、テンゾウがあんずをたしなめる。
 敬語を使っているところを見るとどうやら彼はこの中で一番の若輩のようだが、その顔立ちや物言いは年長者のようにとても落ち着いていた。
 私の立場を汲もうとしてくれていることは、感謝したい。
 紺という男は、言葉こそ発しないが、やれやれと面倒臭そうに腕組みをして立っている。

「デートじゃないんでしょ?いいじゃない皆で仲良く食事しましょうよ。久し振りだからカカシと色々話したいわ」

 ねっ!と悪びれることなくあんずは私に向かって微笑みかけた。
 その笑顔がびっくりしてしまうくらい愛らしくて、無邪気で、この人は確かにただただカカシに遭遇できて喜んでいるのだと伝わってくる。
 結局彼女のその無二の笑顔に圧されるような形でなし崩し的に男性二人も腰を落ち着けた。
 カカシはあんずのお喋りを聞いているのかいないのか、どうでもよさげに黙々と自分の食事をすすめているが、私の箸を動かす手はぴたりと止まってしまった。


 だめだ、逃げたい。


 食事という行為は、ひどく無防備だと思う。
 知らない人間に囲まれてそれが出来るようなコミュニケーション能力を私が持っていたのなら、もっとうまく立ち回れるのだろうけれど、残念ながら私はそうじゃない。

「あの、珍しいですね、女性の鍛冶屋さんって」

 気遣ってくれているのか、私の横に座ることとなったテンゾウがこちらへ声を掛けた。珍しいか珍しくないのかよくわからないけれど、忍がそう言うならそうなのか。
 取り敢えず頷く。
 会話終了。
 せっかくの気遣いなのにどうしよう、ごめんなさい、やっぱり無理。
 そんなどん詰まりの状態へ、カカシに助け船を求める間もなく私とテンゾウの不毛なやりとりに横槍を入れたのはあんずだった。

「アナタ、カカシの新しいカノジョなのかなって思っちゃったけど、言われてみればそうよね、鍛冶屋さんって言われたらしっくりくるわね、見るからに」

「......」

 見るからに鍛冶屋だとはどういう意味なのだろう。
 ちなみに今ここにいる彼らは見るからに忍だ。
 それは忍服だとか額宛だとか武器を担いでいたりと一目で分かる目印のようなものが必ずどこかにあるから。
 鍛冶屋には、別にそんな定型スタイルは無い。皆好き勝手な格好をしているだろう。

 私は自分の今の姿をみつめた。
 服は作業着─着なれた薄汚れたツナギ。
 顔は出てくる前に洗って汗を流したから汚れてはいないけれど、当然化粧などはしていない。
 さっきカカシに切ってもらったばかりの髪は、麦の穂のようにパサパサだ。
 ふと、視線を上げる。
 悪びれずにうふふ、と愛らしく笑っている彼女─あんずは。
 くの一の多くがそうであるように、支給の忍服は着ていない。ノースリーブの上衣と短いパンツから惜しげもなく柔らかそうな肢体を晒している。
 女性らしい、赤くふっくらとした唇。くっきりとした目元。
 それから髪は、私と同じ黒髪とは思えないくらい艶々としていて、店内の蛍光灯の灯りを翻して輝いていた。触れたらきっと、たゆたう絹みたいな手触りなのだろう。

 そこまであんずを観察して、もう一度自分を見て、ああ成る程と思った。
 彼女が言いたいのは、私が鍛冶屋に見えるかどうかではない。
 ─どう逆立ちしたって"カカシの新しいカノジョ"には見えない。
 それが言いたいのだ。

 結論に至ると、にわかにやるせなくなった。
 カカシに申し訳ないと思った。
 カノジョでないのは事実だけれど、彼と並んで食事をするには、私はあまりに見劣りする女だ。
 でももしかしたら、カカシは私を女とも思っていないのかも知れない。
 それならばそのほうがずっと楽だ。
 そのほうが、自分だって見映えだなんだと気にしなくとも済むのだから。

「そういえばお名前を伺って無かったわ」

 名前。
 私を示す記号。
 それなら、今の私は。

「......バク」

「え?」

 あんずが聞き返すのと同時に、カカシがぴくりと眉をしかめる。

「おい─、」

「バクだよ」

 これでも精一杯の、笑顔を作って見せた。あんずには負けるだろうけど、愛嬌はあるはずだ。

「変わった名前ねぇ。でもなんだか、そこがまたアナタらしい感じがするわ」

 これでいい。
 私は"バク"。変わった名前の、珍しい女の鍛冶屋。
 それならカカシに不愉快な嫌疑がかけられないで済む。



 それなら私は惨めにならないで済む。
 きっと。




第6話 了



式日