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 思わず店内を見回してしまう。
 天井、壁、テーブル、カウンター、メニュー表、店主のおじさん、自分達以外のお客さん─人、人、人。
 この空間にある全てを穴が開くほど見つめてしまう。
 その様子が恐らくずいぶん落ち着きなく映ったのだろう、カカシが苦笑した。

「なに、そんな珍しい?あんまり外食したことないとか?」

 そういう訳では無い。
 確かに久しぶりの外食だけれど、親方が元気だった頃には時々二人で外食をした。
 それは決まって難しい忍具や大口の注文をこなした後の、ちょっとした贅沢と気分転換だった。
 でも、それも所詮職人街の中でのこと。
 私がいま一番物珍しく思っているのは、この店にひしめいているのは忍ばかりということだ。
 同じ里の中なのに、何本か通りを隔てただけでこんなにも環境が違う。やっぱり職人街という場所は異色なのだと思い知った。

「ニンジャばっかりだね」

「あー...、そうね」

 嫌だった?と申し訳なさそうに訊かれたので、首を横に振った。

「ドキドキしてる」

「ドキドキ?」

「緊張するけど...珍しいから、楽しいな」

「定食屋に女の子連れてきてドキドキするって言われたのは初めてだよ」

 カカシはそう言うと呆れたように溜め息を吐いて、割り箸を割った。


 カカシが食事をする姿を見るのもまた、珍しくて目を引いた。
 マスクの下を見たことはあったけれど、改めて見るととても端正でまるで純銀のナイフみたいに煌々している。
 なんて、武器に例えたら怒られるだろうか。でも私の美的感覚の殆どは武器や忍具が基準なので、それは許して欲しい。
 とにかく誉めちぎりたいことに変わりはない。
 それから、彼の手も好きだ。
 忍具を握り、撃ち放つ手。長くて骨ばった指。
 それが今は、器用な箸さばきで焼き魚の身をほぐしている。しかもとても上手に。
 ああなんて綺麗に焼き魚定食を食べる人なんだろう。

「そんなに見られたら落ち着かないんだけど」

「そう?気にしないで」

「気にするから。てか、サキホも自分の食事食べなさいって」

「はい。頂きます」

 勧められ、自分もようやく目の前の膳に箸をつけた。
 あたたかいご飯は、おいしい。
 一緒に食べる人がいれば尚更。
 こんな当たり前のことをどうして忘れていたのだろう。
 どうして蔑ろにしていたのだろう。
 身体の健康面だけでなく、精神的にも必要なものだと身をもって感じる。
 カカシは多分それを自分の経験上よくわかっていて、私の生活を見兼ねたに違いなかった。

 家族を失い、師を失い、彼の"ひとり"の頃を支えたのは誰だったのだろう。
 アスマのような友人か。
 それとも、恋人のような存在か。
 恋人―そういう人がいるのかなと一瞬考えたけれど、うまく思い描くことができなくて思考を止めた。

 しばしお互いに無言のまま食事を進める。
 胃袋が徐々に満たされていく単純な幸福感の中にいると、カカシが何かに気付いたように箸を止めてふと視線を上げた。
 それとほぼ同時に、「カカシだぁー」と声が背後から降ってきた。
 高く、やわらかな。
 女性の声だ。
 反射的に振り返ると、女性が一人と、男性が二人。いずれも忍のようだった。

「あ、本当だ先輩だ」

 男性の一人もカカシの姿を認めてそう声を上げた。
 それから三人ともそれぞれにちらりちらりと私を伺うように見てくる。
 当然ながら私にはすべて見知らぬ面々だったので、黙ったまま彼らのやりとりには参加しない姿勢を取ろうと瞬時に思った。
 思ったのだが。

「デートなの?お初の顔だわ。新しいカノジョ?」

 女性が興味津々といった様子でそう切り込んで来るので、 否が応にも彼らの視線が集中するのを肌に感じてしまう。

 いやだ、いやだ。
 こういうの、嫌い。

 違います、と一言発すればいいだけなのに、開きかけた唇はそれ以上うまく動かなかった。
 頭に血が上る。額に汗が滲む。

「デートに見える?」

 半ば呆れ顔でカカシが返した。

「ふふ、冗談。デートにこの店は無いわよね」

 カカシに話し掛けた女はさも当然といった口振りで言った。



式日