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名前を呼び掛けられて三人の姿を認めた瞬間、ああまずいな、とは思った。
三人ともよく知る後輩である。
テンゾウ、紺は日頃よくチームを組んでいるし、そういえばテンゾウとは今日の日中の任務も一緒であった。よく会う日だ。彼らは控え目で生真面目な性格で、良い意味で扱いやすい後輩だ。
まずいと感じたのは紅一点、あんずに対してだ。
あんずは今は正規部隊に所属しているが、少し前まで彼女も暗部のメンバーで度々任務を共にしていた。
とにかく人懐っこく遠慮の無い性格で、周りの者たちもそれにはすっかり慣れきっていたが如何せん、今日はサキホがいる。
人見知りのサキホには恐らくうまの合わない相手だろう。
案の定、あんずがオレの横にべたりと陣取ってとりとめもないお喋りを始めると、サキホは貝のように押し黙って箸を動かすのを止めてしまった。
さてどうやって角をたたせず助け船を出してやるか...と極力表情には出さないよう焼き魚をつつきながら考えていると、気を遣ったらしいテンゾウがサキホに話し掛けた。
「あの、珍しいですね、女性の鍛冶屋さんって」
ただ頷くだけのサキホの返事は正にとりつく島も無いといった感じで、テンゾウは苦笑いを浮かべた。
紺は、実につまらなそうに口をつぐんで何処か遠くを見つめている。
「アナタ、カカシの新しいカノジョなのかなって思っちゃったけど、言われてみればそうよね、鍛冶屋さんって言われたらしっくりくるわね、見るからに」
「......」
こういう所。
あんずはオレの思う限り決して馬鹿でも悪い人間でもないのだが。彼女のこの、無神経なまでの率直さが慣れていない人間には恐らく不愉快だろうと思う。
彼女がいつもの悪びれない笑顔でうふふ、と笑うなか、サキホは何事か考え込むようにじっと俯いた。
カエリタイ、という声が聞こえてくるようだった。
この二人で会話が持つわけがない。サキホのためにも、早めに撤退する糸口を見付けてやらなくてはと思った。
「そういえばお名前を伺って無かったわ」
あんずがそう言うと、サキホはそれまで泳ぎがちだった視線を、この時ばかりは真っ直ぐにあんずを見据えて小さく口を開いた。
「......バク」
え?
「え?」
オレの心の声とほぼ同時にあんずが聞き返した。
―"バク"。
すっかり懐かしいものになりかけていたその響きに、思わず眉をひそめてしまう自分がいる。
「おい─、」
その名はもう、思い出に仕舞ったはずだろう。
おまえの名は─。
「バクだよ」
なんで、そんな、笑顔で。
なんで今更その愛称を持ち出すのか、オレには分からなかった。
ただ─。
「変わった名前ねぇ。でもなんだか、そこがまたアナタらしい感じがするわ」
サキホのことなど何も知らない癖に、そんなことを宣う女には一層苛立ちが募った。
帰ろう。
オレがそう言うよりも早く、サキホが「おなかがいっぱい」と小さく呟いた。
離脱の合図だとすぐわかった。
彼女の決断の方が早かった。
何より、彼女の口からその合図が出ることで、オレが唐突に帰ろうと言い出すよりはずっと角がたたないのだから、その判断は正解だ。
「ん、そうだね、もう出るか」
「えー?このヒト、全然食べてないじゃない?」
「こいつ少食なんだ。行こう...バク」
呼んだ名前の違和感に苛まれながら席を立つ。
あんずが引き留めるような言葉を背中に投げ掛けてきたような気がするが、ほとんど耳に入らなかった。
後の三人の分まで会計できるくらいの金をテーブルに置いてその場を離れると、テンゾウがそれを返そうと身を翻したが、片手を挙げて制した。
行きよりも足取りの重い帰路。
送らなくても平気だよ、と言うのを無視して彼女の一メートル後ろを追うように歩いた。
歩幅はオレの方が大きいはずなのに、何故だか永遠に横には並べないような、届かないような、そんな錯覚を起こさせる小さな彼女の背中。
見慣れた、薄汚れたツナギ。
かける言葉を探しながらそれをずっと見つめていると、ふいにサキホが振り向いた。
「カカシ」
「......」
「ごめんね、空気を悪くして」
「サキホが謝ることじゃないでしょ。...オレが悪かった。知り合いに会いやすい店入っちまって。あれじゃあ落ち着いて食事なんてできるわけないよ、...ごめん」
サキホは首を振って小さく微笑んだ。
「埋め合わせ、しよう」
「ああ。じゃあ次はサキホがよく行く処にしよう。職人街の旨い店教えてよ」
「...うん、」
「約束」
約束、とオレの言葉を反復しながら、彼女は小指を差し出した。
ずっと縮まらなかった一メートルの距離を踏み出す。
小指が絡まって。
体温が繋がる。
何気なく交わした次の約束が、どうしてこんなに、苦しくなるくらい甘美なのだろうと思った。
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