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 中途半端になってしまった食事の埋め合わせをしようということになったは良いけれど、今度は私が店を決めるという大役を担ってしまった。
 職人街の店ならば先日のような厄介な知人に会わないだろうというカカシの気遣いであるが、さて、どうしよう。
 どこか気の利いた店...と考えを巡らせてみたが、気が利いている店というのがどういうものか、自分の知識や経験のの中に頼れるものがない。
 そもそも。恐らく、世間一般にいう気が利いているとか洒落ているなんて飲食店は職人街には無いはずだ。飲食店そのものも少ない。
 美味しくて安い定食屋なら知っているけれど、定食は前回とかぶってしまい、あまりに気遣いが無い。
 あと思い浮かぶのは、ラーメン、どんぶり飯、それから...ああいけない、カカシは嫌いな食べ物は無いのだろうか。聞いておけばよかった。







「オレ、ふつーに豚玉でいいや」

 あとウーロン茶ね、と言いながらカカシは先にメニューを手放した。

「私ミックス玉に、トッピング...えーと、餅と明太子とチーズとコーンと青ねぎと桜エビ...と、そば!でお願いします」

 なんだか端から端まで目についたものを読み上げてしまったような感じであるが、これでも悩みに悩みぬいた結果、イカフライはくどいかなぁと外しておいた。
 が、カカシはうわぁ、と感嘆を漏らす。

「すさまじいね」

「...カカシ、お願いがあるの」

「?」

「半分こ、しよう。シンプルな豚玉も捨てがたい」

 ぱちくりと片目で瞬いて、一呼吸分の間を置いてからカカシはぶはっと噴き出した。

「なんつー強欲...!ははは!」

「だってさあ!こんなにトッピングメニューがあるのがいけないんだよ。全部美味しそうなんだもん。でも二枚は食べきれないし」

「あー、そうねそうね、っくく、あはははは!」

「笑いすぎじゃない?私は大真面目なんだけど」

 お好み焼きにしたのは、メニューの選択肢がたくさんあって、万一嫌いな食材があっても回避しやすいだろうと思ったから。
 これでも自分なりに彼に気を遣ったというのに、まるで食い意地が張った強欲者であるが故にお好み焼きを選んだみたいだ。
 もしカカシがそう思っているなら、あらぬ誤解だ。



 返したヘラがバランスを失う。
 着地に失敗して、私のぎゃあっという声と共にトッピング増し増しのミックス玉は無様な姿に崩れてしまった。
 じゅわわわ、と跳ねた生地や具材があちこちで好き勝手に焼き音をあげている。
 急いでそれらを寄せ集めてはみたが、もはや修復不可能である。

「おまえ意外と下手だねぇ」

「ぐ、」

「鍛冶仕事と一緒でしょうよ。重心を支えないと。ほら、手首を使ってひっくり返す。前後じゃなくて上下の動きね」

 言いながら華麗にヘラを返す。
 くるりん、ぱ、と円盤がそのままの姿で鉄板に着地するとじゅうじゅうと食欲を刺激する音が響いた。
 先日の散髪や焼き魚定食のときも感じたことであるが、改めて思う。やっぱり何をやらせても器用な人だ。
 しかし工具の扱いに例えられて、ちょっと悔しい。
 お好み焼きは親方とも何度も来ていて慣れているつもりだったけれど、よくよく思い起こしてみればいつも親方が焼いてくれていたような気がする。あの人は鉄板奉行だった。


 数分後、焼き上がったキレイな円盤形の豚玉をヘラで半分に切り分けて、私の崩壊したミックス玉のおおよそ半分と一緒に皿に盛る。

「頂きます」

 立ち上る湯気とソースの焦げる香ばしい香りと熱気で踊るかつおぶしに誘われ、なかば慌てて口に運んでしまう。
 慌てて食べるなとよく親方にも言われたけれど、今この瞬間が一番美味しいのは紛れもない事実なのだ。
 鉄は熱いうちに打つ鍛冶屋としての信条か、単なる食い意地か。

「あちち、」

「あちぃね、でも美味いね」

 カカシはミックス玉の方に先に手を付けていた。

「おいひいでひょ?形は悪くても味は」

「うん、美味しい、すごく」

 そう言ってにこにこと笑う彼を見ると、こちらも思わず破顔してしまう。
 美味しいはしあわせ。
 しあわせを共有するということは、こそばゆいけれど、嬉しくて。
 そういえばカカシは今日はよく笑うなぁ、とふと思う。

「なんか今日はごきげんだね」

 先日の定食屋では無表情で黙々と食べていた。

「んー、だって、楽しいじゃないこういうの。あんまり食べたことなかったなと思って。
 ...だって一人では絶対来ないでしょお好み焼き屋さんには。何人かでこう、鉄板を囲むからいいんであって」

 確かに、一人ではまず選ばないな、と思った。
 この大きな鉄板に自分ひとりがミックス玉を崩壊させてあわあわしているところを想像したら、寂しすぎる。
 下手くそと笑われてもカカシがいてくれて良かったと思う。

「同僚の忍とは?この前の人たちとか...」

「ないない、あいつらとお好み焼きなんて、そんな和気藹々とした関係じゃないって」

「そうなの?」

「そーだよ。こうやってワイワイ言いながら焼いたりさぁ、ましてや仲良く半分こ...なんて絶対あり得ないな...」

 カカシはないない、ともう一度呟いて手を顔の前でひらひら振った。
 彼らとお好み焼きを半分こすることはあり得なくて、私となら平然としているというのは、喜ぶことだろうか。
 それだけ気を許してくれているということなのか。

「ま、そーいうわけだから。オレもね、ドキドキするよ」

「え?」

「サキホがこの前言ってた、"ドキドキ"が解った。たまに慣れない場所ってのも楽しいよね」

 うん、と頷きながら、胸に落ちてくる違和感を言葉に出来ないでいる。
 カカシの言うそれは確かに私が先日の定食屋で感じていたものと同質の"ドキドキ"のはずなのだけど。
 慣れない場所だから。
 いつもと違う環境だから。

 それだけ、だろうか。

 もし彼がそうであっても、私は─。





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