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「サキホこそ今日はこの前と全然違うじゃない?」

 この前、と言われてあんずの顔が過る。
 脳裏のそれを、思わず強く振り払った。

「私の人見知りはよくわかってるでしょ」

 正直なところ。この前のあれは人見知りとはちょっと違う心情も多分にある、と思っているけれど。
 もっとドロドロしているような、あまり美しくない、もっと息苦しいような心情。
 でも、それを自分自身がうまく説明出来ない。

「そうだね。まーでも、そろそろその人見知りも返上してもらわなくちゃ」

 言いながらカカシは一端箸を置き、腰のあたりを探ってポケットから何か取り出した。
 ぴし、とこちらへ向けられた人差し指と中指の間に、二つ折りされた白い紙が挟まっている。
 カカシのほうを見て、何?と視線で問うと、いいから見てごらんと彼も視線だけでそう言う。
 指の間からそれを受け取ってそっと開いた。手のひらに納まってしまうほどの小さな紙。たぶん、メモ帳の切れ端。
 そこにはいくつかの人名と、その人のものと思われる所属─上忍、とか暗部、とかが書かれている。
 何かのリストのようだ。

「明日から長期任務なんだよね。たぶん三ヶ月くらい...。その間クロガネの客がアスマ一人ってわけにいかないでしょ。何人か声掛けておいたから、そいつらが店に来たらオレの紹介だから信用していいよ」

 武器戦闘タイプであること、身分も経歴も人柄まで考慮してピックアップして声を掛けたという。
 先代親方も紹介制でやっていたが、それは一人で仕事をする手前、多くの仕事を一度にたくさん受けすぎないようにするための策のひとつだった。
 ちなみに先代はさらに客を絞りこむために金額を吊り上げたりもしていた。そうでもしなければ、舞い込む注文をとても捌ききれなかったのだろう。
 そこまでしても注文が途切れなくていつだって納期に追われていたのは、確かな腕があったから。
 自分もそんな風に客を絞る必要があるのかどうかは、今後次第だけれど。

「なんだか至れり尽くせり、ありがとう」

「クロガネのお客になるんだから変な奴は紹介できないからね」

「そんな風に言ってもらえて、親方も嬉しいと思う。私もそれに恥じないよう頑張るよ」

「あぁ...、サキホなら。もう、オレが居なくても平気だね」

「...!」

 オレが居なくても。
 その言葉にぐっと息が詰まり、メモ用紙に落としていた視線を弾かれたように上げた。
 真正面に座っている彼は、相変わらずニコニコと笑顔を崩していない。

「ここらで後見人の役割はおしまいだよ。サキホはもう一人前の鍛冶屋だから」

 反射的に唇を開きかけ、自分が言おうとしている言葉に驚いた。


 そんなことない。

  まだあなたに居てほしい。

  あなたが居てくれなくちゃ。

 カカシ、

 あなたが居なくなったら─。



 心のなかで自分の頬を叩いて言葉を飲み込ませた。
 こんなのは甘えだ。
 泣き言だ。
 この半年間何をやってきた?
 彼が私のためにどれ程の時間と労力を割いてくれた?
 こんな甘えたことを口にするのは、そんな彼にあまりに失礼だ。


 何故だろう。今日の私は少しおかしい。
 難しいことを考えようとしている。
 頭の中と胸の中をぐるぐるとかき混ぜられているような一瞬の目眩。


 長く息を吐き出して思考を整えた。
 何を動揺しているんだろう。別にまた一人になるって訳じゃない。
 カカシはただ、この半年間の役割を降りると言っているのだ。
 純粋に、友人としての立場になるのではないか。
 それでいいんだ。それが一番、私たちにとっては。



「なんて顔してんのさ。まだ不安?」

 笑いながら首を横に振って見せた。

「...ま、任務から戻ったらまた顔見せるよ」

「また十年後に?」

「皮肉を言う余裕があるんなら心配いらないね」

 ははは、と私が声をあげて笑うと、カカシはずっと崩さなかった笑顔をそのとき初めて翳らせた。
 右目が何か言いたげだったけれど、彼は箸を握り直して、食事を再開した。





式日