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 記憶力には自信があるほうだ。


 あれはオレが上忍に昇格して程なくしてのことだから、十年くらい前の話になる。
 昇格祝いに、と師である波風ミナトから贈られたのは三ツ又のクナイ。彼が時空間忍術で使うもので、オーダーメイド品だった。
 今でこそ実戦には使っていないが、御守りのようにずっと懐に携帯している。それを見ているとどんなときも師の顔が確かに思い浮かべられて、自分にとっては時には激励に、時には戒めに、時には護りになっていた。
 当時まだ子供同然だった幼いオレの目から見てもそのクナイは一級品だった。
 形成しづらそうな形状だというのに、すべて手作業で造っているという。
 少し重く感じたが、それは鉄の密度が高く精巧だからだ。
 ただ、それはあくまでも波風ミナトのために造られた物であって。
 何度か実戦に使ってみて確かに攻撃力や汎用性はあったのだが、大きさや重さも含め、あまり自分の戦闘スタイルにはマッチしないように思えたのだ。
 自分もオーダーメイドしたい。
 そう言うと、ミナトが件の鍛冶屋を紹介してくれた。それがクロガネという屋号の鍛冶屋だ。



「ミナトか。お前のクナイは本当に造るのしんどい、めんどくさい、ぶっちゃけ造りたくねぇーんだが」

 ミナトの顔を見て開口一番の親方のせりふには呆れた。
 四代目火影就任が内定していると言われている波風ミナトに、よくそんな口が聞けたものだ。一般人はそういった ことに無頓着なのだろうか、単にこの人物がこういう人柄なのか。
 しかしミナトは気にする様子もなく笑ったので、軽口を叩ける関係性がすでに築かれているらしい。

「そんなこと言って、いつもちゃんと造ってくれるじゃないですか親方」

「お前は金払いがいいからな」

「ははは。今日は僕の注文じゃないんです。元部下に、造ってやっていただきたいと」

「お?」

 隣に居たオレに、そのときようやく気付いたようだ。親方がかなり大柄なこともあって、どうやらオレが視界に入って居なかったらしい。

「このちんまいのが?」

「はたけカカシです」

 師が先にそう紹介してくれたので、取り敢えずぺこりと頭を下げた。
 親方はオレを頭髪の先から足の爪先までまじまじと見て、それから重いため息を漏らした。

「すまねぇが俺はガキにゃ武器を造らねーことにしてる」

「あの。オレ、上忍です。こう見えて強いです」

 謙遜すれば見くびられる。
 上忍、という格付けの尺度がどの程度一般人に通用するかわからなかったが、ガキと一蹴されて黙っているのはひどく癪だ。

「カカシは強いですよ、親方」

 ミナトもそう口添えしてくれたが、親方は首を横に振るだけだった。

「ガキが使うための武器は造らねぇ。強いとか弱いとかじゃなくってな」

「ガキって言うけど、もう親もいないし、自分の力で金を稼いでいるんだから他の忍と変わらないでしょ」

 思わず敬語をくずして突っかかると、気の強い奴だな、と言って腹に響く豪快な笑い声を上げた。

「おめーさんを馬鹿にしたつもりはねぇよ。理由はちゃんとある。おめーの手を見せてみな」

 言われるままに右の手のひらを開いて差し出して見せると、親方はそれを占い師みたいにじんまりと眺め、うんうんと自己完結するみたいに頷いた。

「なんなの?」

「小せぇな、やっぱり、小せぇよ」

「手が?」

「そうだ。もちろんこれから大きくなるだろうさ。おめーくらいの年頃は成長期だし、手の大きさや厚みはどんどん変わっていく。
 うちはオーダーメイドで造ってるからまず手の採寸をするが、それに合わせて造ったクナイが出来上がってみると手に馴染まないなんてことがある。使用者の成長でな。
 そのたんびに造り直すなんてなぁやってらんねーよ」

 その理由は最ものように思えた。
 ならば大人サイズで造ってくれてもいいと言いそうになったが、声に出す前に自らの考えの矛盾に気付く。それではオーダーメイドの意味がまったく無いと。

「......要するに面倒くさいってことだね」

「こら、カカシ」

 オレの物言いをミナトはたしなめたが、親方はやはり豪快に笑った。

「まぁ、そういうわけだ」

「...カカシ、今回は......」

 それ以上反論する言葉のない悔しさに口をつぐむのを見兼ねたミナトが、今回は諦めろと言いかけて止まった。
 ふ、と視線が上がり、炉の前に目を向ける。
 そこに少年が立っており、声を掛けるタイミングを見計らっているのか、所在なさげにこちらのやりとりを伺っていた。

「あの、親方。炉の準備、できたけど」

 発せられた声はくぐもっていた。少年は鼻から顎までを布を巻いて覆っていたからだ。
 ついでに頭には目蓋のすぐ上からタオルを巻いており、顔のパーツは目の部分しか晒されていない。
 眉の動きも見えないので表情が読めないが、少し緊張しているのが声色に滲んでいた。
 背丈はオレとほとんど変わらないから、恐らく同じ年頃だろう。

「あれ?親方お子さんいましたっけ?」

「これは親戚のガキだ。親が事故で死んじまって、他に身寄りがねぇんで引き取った」

 今度はミナトが言葉をつぐんだ。
 孤児は、忍の世界では珍しくない。むしろ掃いて捨てるほどありふれている。このオレにしたって。
 だからって痛ましくない訳ではないが、いちいち気にしていたらきりがない。
 それは分かっている筈なのに、ミナトは眉をしかめて悲しげに見えた。この人の優しさは、ときどき物凄く危うい、とオレは思う。

「弟子になるってきかねぇから手伝わせてるが、ま、これでも猫の手よりはマシだな」

 ミナトは強ばらせてた表情をふっと和らげ、微笑みかける。

「こんにちは」

「あっ...、えっと...、」

「バク!!てめー客に挨拶ぐれぇきちっとしやがれこら!!...悪いな、世間知らずのガキでよ。バクってんだ」

「こんにちは...」

「カカシと同じ位の歳かなぁ、宜しくね」

 バクと紹介された少年は差し出されたミナトの手を握って頭を下げ、それからためらいがちにオレの方を見てまた頭を下げた。
 一応、こちらも軽く会釈して返した。



 このときの初対面に於いてオレとバクの間では一切言葉が交わされなかったわけだが、年頃が同じということや、孤児という境遇、それから辛うじて晒されていた黒い瞳と黒髪が死んだオレの友人を彷彿とさせることが、いやでもバクとの出逢いを印象付けていた。



式日