01 (2/4)


 しばし考えを巡らせ、懐から取り出したそのクナイを掌で弄ぶ。
 三ツ又の特徴的な形状。
 量産されたものではない、同じ物はどの忍具店にも並んでいない特別なクナイ。
 師の笑顔がちらついて、やはり弔問したほうがいいだろうと決めて立ち上がった。
 自分にとっても、クロガネの親方は全くの他人では無かった。




 道中少しばかり回り道をして商店街へ立ち寄った。
 花か菓子折りかと迷って結局、和菓子屋のはす向かいに目に留まった酒屋に入って、上等の銘柄の酒を一本購入した。
 故人の好んだ銘柄は分からなかったので誰もが知るような銘柄のものになったが、供え物にするには無難だろう。


 木の葉の里の中でもやや異色な場所、職人街と呼ばれる鍛冶屋や武器商の立ち並ぶ通りのいちばん端に件の鍛冶屋クロガネは変わらずあったが、看板は出ておらず、店先のシャッターも閉じられたままだった。
 が、休業中だとか閉店しましただとかその類いの貼り紙のひとつもない。
 いくら不幸があったとはいえ、葬儀から二週間も経っているというから、遺族が店を継続するなり畳むなりの何らかの段取りをしていて然るべきと思うのだが。

 考えあぐね、せっかく購入した供え物でもあったし、この職人街の誰かに墓所を教えてもらって墓前に供えてくればいいという結論に至り、踵を返した。いや、返そうとした。


 人の気配。

 店の中だ。


 シャッターを叩いてみる。
 ガシャ、ガシャ、と無機質なノック音が響いたが返事はない。

「すみません、誰かいませんかー?ってか、居ますよねー」

 暗部の忍相手に一般人の居留守が通用するわけもないのだ。
 中の気配は観念したようにゆるりと動き、そしてシャッターに手を掛けた。
 ぎちぎちと錆び付いた不快な音が鳴る。鍛冶屋なんだからシャッターの手入れくらいしろ、と思った。


 現れたのは年若い女性だった。
 黒い髪、化粧っけのない疲れた顔。
 女はどちらさまですか?と言葉には出さず、視線だけでそう問い掛けた。

「突然で不躾ですが、これを故人にと思いまして」

 提げていた酒の入った紙袋を、胸元の高さまで持ち上げて見せた。
 それをちらりと覗いて、あぁ、と用件を察したように女は呟いた。

「お悔やみ申し上げます。任務に出ていたもので遅くなってしまい恐縮です」

「そんな...わざわざすみません。今、お茶を」

「あ、いえ。お気遣いなく」

 オレが遠慮を口にしたのを聞いているのかいないのか、女はさっさと奥へと消えて、水音と、ヤカンとガス台がぶつかる音を響かせた。
 本当にそんなつもりは無かったのだが、仕方ない。お茶を一杯だけ頂いてすぐ帰ろう。

 少し腰を屈めてシャッターをくぐった。
 広い土間は作業場で、作業台と、大きな炉と小さな炉が一つずつあり、それぞれの前に背もたれのない丸椅子が一つずつ。
 立っているのもなんとなく具合が悪いので、とりあえず小さな炉の前にある椅子に腰を下ろした。
 ぐるりと見回すと、壁には様々な大きさと形状の工具がぶら下がっている。
 木炭と鉄の独特の匂いはマスク越しにもしっかりと鼻をついてくる。
 何もかも、あの頃と変わっていないように見えた。
 懐かしい。

 ぐるりと見回した視線が真正面に戻ってくると、奥の小上がりへと続く引き戸のところに立っている女と目が合った。

「今お湯を沸かしていますから」

「ええ、すみません。本当に、お気遣いなく」

 女は目を細めて微笑んだ。
 顔付きは疲れが滲んでいるが、その表情はやわらかで優しげだ。
 服装は飾り気のない至って普通の普段着...綿のシャツと膝下までの細いパンツ。
 その姿から想像するに、ここに住んで生活をしているように見える。
 しかし彼女は一体誰なのだろう。
 自分の記憶では、十年程前の時点ではクロガネの親方は独り身だったはずなのだ。
 晩年に若い嫁を貰ったのだろうか。

「失礼ですが、故人の奥方様で?」

「あら。いいえ、違いますよ。私は遠戚の者です。親類が少なくて、親方の身辺整理ができるのは私しかいないものですから」

 口振りや表情から、嘘は見られない。

「確か...オレの記憶違いでなければ、親方さんにはお弟子さんがいたと思うのですが。
 少年、いえ、今は青年というべきか。オレと同じくらいの年頃の男で」

 そう言うと、女は少し考える素振りを見せた。
 うーん、と言葉に迷っているように呻いて、それから眉尻を下げて困ったように笑った。

「弟子...は、ええ、確かに一人」

「彼はどうしています?」

「はぁ...ええと...」

 先程は嘘は吐いていなかったが、今度は明らかに答えを濁そうとしている。
 はっと思い出したように、女は唐突に奥の小上がりへと走っていった。どうやらお湯が沸いたので、コンロの火を止めに行ったようだ。
 しばらくして、ほうじ茶の芳ばしい香りと共に女が土間へと戻ってきた。

「どうぞ」

 お茶菓子もなくって、それに作業場でごめんなさい。奥の部屋はまだ散らかっていて。と済まなそうに言い添えて、どっしりとした湯呑みを渡された。

「ありがとうございます。...それで、」

「あっ、ええ、何でしたっけ」

「お弟子さん...その男は、確か...バク、という名前だったかと」

「......」

 女は笑った。
 最初はふんわりと表情だけで。
 それからくつくつと声を漏らしたと思うと、しまいには噴き出して「はははは!」と口を開けて笑っていた。

「男...、男かぁ、ひどいなあ!」

「え...?」

「"バク"は私だよ。はたけカカシ君」

 熱いほうじ茶の入った湯呑みを、危うく落としかけた。
 女は呆然と言葉を探しているオレを尻目に、そのあともしばらく可笑しげに笑っていた。




式日