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 突き立てたクナイを水平に引き、肉を裂く。
 あまり血飛沫を浴びたくないので極力避けたが、それでも裂いた傷口は思っていたより深かったようで、避けきれない僅かな飛沫が自分の忍服に降りかかっていた。

 久々の感覚。




 三ヶ月に及ぶ例の大名護衛任務がようやく終わりを迎えようとしていた。
 何事もなく済んだかと思っていた矢先、最後の最後で首都に入る手前の山間部を越えているときに、山賊が大名の乗った輿を襲った。─否、襲おうとした。
 山賊も、まさかそれが大名の乗った輿で忍の護衛が付いているなどと思いもよらなかっただろう。
 ただ、彼らがそうと知る隙も無いほどの速さで切り捨ててしまったが。
 身体が鈍っていなくてよかった、と思った。
 とにかくこの三ヶ月というのが暇で暇で体力をもて余してしまっていたので、護衛の目を光らせる傍ら、あらゆる形でトレーニングだけは欠かさないよう気を払っていた。


 当然のことではあるが、切りつけたクナイはどろりと濁った赤黒い血液にまみれてしまった。
 サキホに貰ったクナイ。
 思わず舌打ちをひとつしてから、今回の任務でツーマンセルとして同行していた上忍を見遣った。

「悪いけどちょっと先に行っててくれる?こっから南に沢があったはずだから、クナイを洗って行きたい」

「...あ...はい、どうぞ」

 了承の返事を返しながら、彼が不思議そうにする表情が見て取れた。
 普通、わざわざ任務の途中で護衛対象を離れてクナイを洗いに行くなんて奴は居ないから。
 それが特殊な刀だったり大型武器ならまだしも、クナイなんて布で拭うか、使い捨てて行くこともザラにあるのだ。
 それでも、どうしてもこれだけはという思いが馳せて、すぐ戻ると言い残して沢へと駆けた。

 沢の水で血を洗い流し、別のクナイで擦り合わせて、簡易にではあるが研磨した。
 ぎらりと元の鈍い輝きがその刀身に蘇ったように見え、サキホの横顔が浮かんだ。
 彼女が作業に没頭する横顔。
 殆ど覆い隠されているのに、いつも見入ってしまう横顔。
 いつでも研いであげるから持ってきてね、と言われているから、この任務から帰ったらぜひそうさせてもらおうと思った。
 ─友人に会うのに、理由は必ずしも必要という訳ではないが。理由が無いよりは、在ったほうがなんとなく具合がいいような気はする。



 宣言通り隊列へとすぐ戻り、輿の斜め四十五度上方に位置して護衛している上忍に追い付いた。

「悪いね」

「いえ大丈夫です。...それにしても、あのはたけカカシさんの戦闘を間近に見れて感激です」

「はは、そりゃどーも。まさかこの任務で戦闘があるとは思わなかったけどね」

 ですよねぇ、と上忍は苦笑いを浮かべた。
 彼とて上忍であるから、こんなたかだかCランクかDランクとも違わぬ護衛任務を請けるには力をもて余すだろう。
 しかしまぁ、要人─それも国のトップの護衛であるからレベルの高い上忍が配置されるわけで。
 名誉と言えば名誉だが、赤ん坊のお守りでもしていたほうがよっぽど暇では無さそうだ。

「しかしクナイ一本でよくああもバッサリいきますね。さすがカカシさん」

 確かにバッサリいった。
 相手の首は殆どもげかけていたから、肉だけでなく骨までがっつりいっていることになる。
 今回は小刀のような扱い方をしたが、基本的に飛び道具であるクナイその物の殺傷能力はさほど高くない。

「あれは...オレの力じゃなくて、クナイの力、かな」

 たった一本、ホルスターの中でも一番手に触れやすい場所を定位置にしているそれは、他のそれらと見た目は同じに見えても。

「チャクラ刀ですか?ああ、だから入念に手入れされてるんですね」

「あー…、そんなんじゃないの、これはただのクナイだよ。洗いに行ったのはこれに血の匂いが着くのが嫌なだけでね」

「ただのクナイ...ですか」

「うん、ただのクナイだよ」

 敵をバッサリ切ったのはクナイの力だと言いつつ、しかしそれはただのクナイだと言う。自分で言いながら矛盾していることは重々承知だ。
 でも、どちらも嘘ではないのだ。
 解せない、意味を計りかねる、という顔で上忍は少し首を傾げたが、それ以上は聞いてこなかった。




式日