09 (4/4)
翌日。
火影様のもとへ帰還の報告と任務の報告に行くと、すでにあの上忍から報告を受けているから明日までは休めと労いを受けた。
火影搭を出たその足で職人街を目指す。
「...あっついな」
思わず独り言が漏れる。
露出した腕にじりりと焼き付くように太陽の光が射していた。
地面からも照り返していて、さながら死角の無い無差別攻撃を浴びているみたいだ。
季節は夏の盛りなのだと気付く。
季節の変遷なんてものには無頓着だった自分であるが、ずっと大名に付いて避暑地へと赴いていたから、木の葉の気温の高さをまざまざと感じさせられる。
しかも今は昼を過ぎたところで、一日で一番暑い時刻だ。
もっと早い時間から動き出すべきだったが、ゆうべの深夜の部屋掃除の後から泥のように眠りに落ちていて、目覚めたのが昼だったのだ。
いつも眠りは浅いほうで、こんなことは珍しい。
精神的な疲れがあるのは明白だったから、たぶんそのせいだ。
クロガネの入り口は換気のためか開け放たれていて、戸の木枠をコツコツと叩くと、いつもの場所に居る彼女がゆっくり振り返った。
「......」
「......」
無言のまま、互いの姿を確認する視線が絡む。
「...よっ。ただいま」
「久しぶり...」
そこはおかえりと言って欲しかった。
いや、何でもいい。
久々に聞く声にぎゅっと心臓を掴まれる。
やっと会えた。
自分の気持ちを認識したのはゆうべの出来事だというのに、もうずっとずっと前からこうして焦がれていたような感覚に陥っている。
サキホは手に持っていた工具と製作途中の忍具を冷却棚に置いた。
見ると、以前はからっぽだったその場所にはずらりと忍具が並んでいる。
「ずいぶん繁盛しているようで」
「うん、お陰さまでね」
「そりゃあ良かった」
サキホがふわりと笑った。
思わず自分も目を細める。
仕事はどうだとか、ちゃんと食べてるかとか、クナイ研いで貰いに来たんだとか、聞きたいこと言いたいことただ会いたいがための口実なんかがぐるぐると脳裏を通過しては消えていく。
不思議な照れ臭さが空気を支配していて、うまく言葉を見つけられなくて、なんとなく視線を落として作業場の床を見つめた。
すると視界のはしに、乳白色のビニール袋がちらりと目に留まる。
忘れていた。
それは自分が手にぶら下げているビニールだ。
何か手土産でも持っていくかとわざわざ和菓子屋に寄ってきたというのに、心ばかり馳せていてすっかり忘れていたなんて。
「これ、食べる?」
一瞬首を傾げてビニールを見つめた彼女は、そこに書かれている和菓子屋の店名を見つけると、あっと小さく声を上げた。
「あじさい堂だ」
「サキホ知ってるの?」
そこはいつも店先に客が並んでいる人気の和菓子屋...という位の認識はあったが、甘いものに興味の無い自分にはまったく無縁の場所で、店名さえ、いまの彼女の言葉で知った。
あじさい堂というらしい。
それにしてもあじさい堂のある場所までサキホが一人で出歩いているとも思えないから、彼女が知っているのは少し意外だった。
「うん。親方が居た頃にね、時々差し入れで持ってきてくれるお得意さんがいたの。おいしいよね、あじさい堂」
おいしいよねと言われても、自分は食べたこと無いんだよなぁと言うのもあまりに不粋なので、ん、と曖昧に答えて包みを渡した。
包みを覗きこんだ彼女の目元が綻ぶ。
「みたらしだ。うれしい、大好き」
大好き、はもちろんみたらし団子に掛けられた言葉だとは理解しつつ、マスクの下でぐずぐずと崩れるポーカーフェイスを言い聞かせるのに必死な自分。
しかしそんな情けない自分が、偶然とはいえ数ある品揃えからみたらし団子を選んだことは自身を褒め称えてやりたい。
サキホは奥から冷たい麦茶の入ったピッチャーを持ってきて、二つのコップに注いで作業テーブルの上に置いた。
暑いね、外も暑いんでしょう、と言いながら、いつもと同じく頭に巻いていたタオルを取り払う。
黒髪がぱらぱらと垂れ、彼女の目の前にあった扇風機の風に煽られてそよいだ。
「髪伸びたね。また切ってやるよ」
彼女は僅かに眉をひそめてから、首を横に振った。
「いい。自分で、できるから...」
ふいに翳った表情を、瞬時に笑顔に戻した─。そんな風に見えた。
強要するようなことでもないので、そうか、としか言えないけれど、その笑顔の裏でなんとなく距離を置かれたことに気付いてしまう。
勘がするどいとこういうときに厄介だ。
でも、そう。
三ヶ月前、「オレが居なくても」などと宣ったのは他ならぬオレ自身で。それがいまブーメランになって自分の胸を抉っているのだから笑える。
思わず溜め息。
が、次の瞬間にその溜め息をあわてて飲み込んで窒息しかけた。
サキホが作業着であるツナギの、上半身部分をばさりと脱いだ。
袖の部分をぎゅっと腰に巻き付けて結んでいる。
慣れた所作で、涼しげな顔をしているから、いつも休憩を取るときはこのスタイルなのかもしれない。
彼女にとっては、いつもの自然な格好なのだろうが─。
ツナギの下に着ているのはシンプルなタンクトップで、汗が滲んでぴたりと肌に吸い付いている。必然的に身体のラインを浮き彫りにして。
二の腕は傷跡や日焼けすらなく眩しいくらいに白い。
触れなくとも見るだけでわかる、肌のやわらかな感触。
思わず目を背け、天井を仰いだ。
これは、困った。
以前アスマの腰に抱き付いたような格好になったときは一応注意をしたが、彼女はそれをいまいち理解していなかったし、今回も同じことだろう。
男の前でそんな破廉恥な格好するんじゃないよ。と言ったところで─。
いや、もしかして、もしかすると。
彼女のその格好が破廉恥だと感じるのはこの自分だけという可能性がある。
彼女のことを意識し過ぎている、自分だけが。
その可能性は大いにあり得る。
周りのくのいち達がどんなに露出の高い格好をしていたって、さして気に止めたことも無いのだから。
ならば今少し冷静になってもっと客観的に見ればいいだけのこと、と思い、仰いでいた視線を再びそちらへ遣った。
みたらし団子をひとつ口に含み、緩慢な動きで串を引き抜くサキホ。
口の横に僅かに付いたみたらしのタレを親指で拭って、その親指をちゅっと軽く吸った。
ああ、と慌てた声を漏らしながら、まだ串に刺さっている団子の方から垂れ落ちそうになっているタレをすかさず舐めとり、ぺろりと舌で掬い上げると口内に収めた。
やっぱり駄目だ。
想っている女にこんな姿を見せ付けられて、冷静でいられる方がどうかしている。
ぎゅっと目を瞑った。
「どうかした...?」
不思議そうに問い掛けてきた。
どうかしたかって、そりゃ、どうかしてる。どうかしてるんだ。
でもその悶々としたものをとても言葉には出来そうにない。
もう、彼女のその瞳をまっすぐ見つめるほどの余裕も無くて、仕方無しにタレにまみれた団子を見つめてしまう。
すると彼女は何かおかしな誤解をしたらしく、あぁゴメンね、とテーブルの上に置かれたパックから新しい団子を一本手に取り、こちらへ差し出した。
「カカシも食べればいいじゃない」
ちくしょう、こんなに馬鹿馬鹿しいことあるか、勘違いまでかわいくて愛しい、なんて。
「ありがと、」
マスクを下ろすオレを見て、自分は気を利かせたのだと思い込んでいる彼女はにこりと笑う。
その手から、団子の刺さった串は受け取らない。
差し出された手首をそのまま強く掴んで、唇を重ねた。
ゆっくり三つ数えたくらい遅れて、団子がべちゃりと音を立てて足元に落ちた。
第9話 了
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