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「悪いけど今日は疲れてるからそーいうのは...」

 気乗りしなければ、素直に断ることにしている。
 やんわりと断りを入れるが、聞いているのかいないのか、あんずはオレの暗部服のベストやポーチを器用に外しにかかる。正規部隊のそれとは違うものをいとも簡単に。さすが勝手知ったる元暗部。と感心している場合ではない。
 言葉で言っても聞くつもりは無いらしい。一方的にコトを進められても困るので仕方なく手首を掴んで制した。

「やめろって言ってんの」

「...こっわぁ」

 おどけるように言って、彼女はようやく手を止めた。
 わざとらしいほどの明るさに、少しだけ、違和感を覚える。
 口調や表情はいつもと変わらないのだが、今の振る舞いは引っ掛かった。
 確かに彼女は残忍な殺戮任務での昂りを性に転嫁する癖があるし、行為に対しても積極的だが、それはいつだって合意の上での行為だ。
 相手が誰であろうと、そこだけは互いに守るべきラインだろう。そうでなければモラルなんてものは無い。

「何かお前変だよ」

「ふふ、アタシがいかれてるのはとっくに知ってる癖に。...あのね、実はお願いがあるんだ」

「何よ」

「あのチャーミングなクロガネの親方さんに、紹介してほしいの」

 一人で行ったら断られちゃったのよね、と唇を尖らせて言う。
 あんずの口からサキホの話題が上がったことに少なからず動揺している自分がいた。
 何よりもまず、断る口実を考えて脳が回転し出している。
 そう。あの日定食屋で偶然居合わせた時から何故かこれだけは本能的なものがあった。
 サキホとあんず─この二人は近付けないほうがいい、と。
 彼女たちは性格が違いすぎる。

「ああ、クロガネなら、今は新規の客を請けてないよ。前に紹介した何人かで手いっぱいみたいだから」

「嘘ばっかり。苦しい言い訳。そうまでして何であのコを守りたいのかなぁ」

 苦し紛れ、すぐ見破られる嘘というのは言っている自分でもよく分かった。
 そんな自分の愚かしさにも、わざとらしく微笑んだ彼女にも、苛立ちが募る。

「...帰れよ。オレ、機嫌悪いよ」

「へー。嘘も言い訳も否定しないんだ」

「お前を紹介するつもりは無い。どう、ハッキリ言えば満足?」

 彼女が感情を表に出し始めたのが見てとれたので、こちらもはぐらかすのは止そうと声色を低く低く落とした。
 牽制の意味で、わずかに発したチャクラに殺気を滲ませる。
 それでも怯まない度胸はあるらしく、彼女は歯をぎりりと言わせて力一杯オレを睨んだ。

「気に入らない、わ...!何よアナタ達お互い庇い合って、プラトニック気取ってるわけ?ばっかみたい!」

「何の話を...、」

 庇い合って、という言葉に嫌な予感が過る。
 サキホが何かオレを庇うような言動をしたということなのか。だとすれば、どういう状況で─。

「お前、あいつに何かしてないだろうね」

 まさか注文を断られたくらいで、一般人である彼女に傷を負わせるようなことはしてないと願いたい、が。
 嫌な想像にじわりと汗が噴き出した。

「してないわよ、なーんにも。イラッときたから、カカシの悪口だけ言わせてもらったけどね!女遊びがひどいのよ、って」

「...」

「睨まないでよ。本当のことじゃない。来るもの拒まず去るもの追わず、女が勝手に寄ってきて勝手に離れていくだけ、自分に責任は無い...なんて思ってる?世間じゃそれを女遊びって言うのよ」

 否定するつもりは無い。
 自分はその場限りのつもりが相手はそうじゃなかったなんてことが時々あって、泣かれ、追い縋られる。
 そういう時は、ああ失敗した、って思う。相手を間違えた、って。
 周囲からは、不誠実だと囁かれていることも知っている。
 でも、だから何だって言うんだ。

「お前にそれを咎める権利は無いでしょ」

「...そうね、無いわ。アタシの方がもっと色々酷いことやってるし。カカシが誰と何してたって、今まで何とも思わなかった、のに...」

 ふう、と深く重く溜め息が部屋に沈みこむ。

「あのコがカカシを信頼しているのが伝わって、カカシもきっとあのコを信頼してるんだって分かって......、すごく、嫌、だった。悔しいって、初めて思った。
...アタシだってそうなりたいよ、カカシ...」

 あんずの指が、頬から首筋をゆっくりなぞり、胸元で止まると、上目遣いにオレを見た。
 涙ぐんで、今まで見たことの無い彼女だった。
 それでも。
 それが彼女の素直な気持ちなのか、女々しさを演じている姿なのか、オレにはちっとも判断がつかない。
 どちらが正解であろうとも興味が無かった。
 愛の告白なのかも知れないけれど、それに対して、ごめんと謝る気にすらならないのだ。




 ただ、ただ。

 肌をなぞる指が。

 眼前にちらつく黒髪が。

 伝わる体温が。

 迫ってくる唇が。

 そこから漏れる吐息が。




 すべてサキホのものだったらいいのに、と思った。

 そうだったら、迷わず抱き締めるのに、と。



 そしてようやく思い知る。
 自分がサキホにそうしたいと願っていること。

 この気持ちの呼び名はたぶん、恋。








「二回までしか言わないよ。帰ってくれるかな」

 彼女は身体をゆっくりと離すと視線を落として薄く笑った。

「なんだかつまんない男になっちゃったのね」

「オレは元からこうだよ」

「そうだったかな。...ごめんね、今のは全部冗談だから、忘れてね」

 答えるより先にあんずは姿を消した。
 がらんとした部屋に、まだ先程彼女が落としていった溜め息が沈澱しているようで息苦しさを感じる。
 とてもそのままで身体を休めたりする気にもなれなくて、寝ずに部屋を掃除してからぬるいシャワーを浴びた。
 部屋に溜まった埃やまとわりついた汗は簡単に吐き出したり流したりできるのに、胸の底にある気持ちだけがずっと重たく鎮座する。

 サキホに会いたい。






式日