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カカシは自分の叩かれた頬に触れた。
私の平手など痛くも痒くもないだろうに、苦しげにぎゅっと目を閉じて、ゴメン、とほとんど吐息みたいな声で言う。
そして次の瞬間にふわ、と風を起こして消えた。
瞬身の術というやつで。
術名の通り一瞬にして身を移動させる忍術であるが、何故だか私の身に残された感触だけは連れていってくれない。
目の前のカカシの姿が無くなると、力が抜けてぺたん、と床に座り込んでしまった。
すぐ横に先程の団子が落ちていて、可哀想に、琥珀のタレは四方に飛び散って、愛らしかった白く丸い形が少し潰れているのがやっと視認できた。
呆然とそれを見ていたら、カカシの唇がみたらし団子みたいな生ぬるい体温を纏っていたことを思い出してしまう。
引きかけていたはずの汗が、また一気に身体中から吹き出すように感じた。
暑いのに、身体が震える。
涙が出る。
それを拭う力も、嗚咽をこらえる気力も一切が湧いてこない。
女として見られたくなんてないの。
でなきゃ、あなたの側に居られない。
平然と笑ってなんて居られない。
カカシの声が、指が、体温が、私を私でなくしてしまう。
あんずや、きっと他に何人もいるであろう女たちと同じにしてしまう。
縋りたくなる。
それはなんて、弱くて、みっともないことか。
そこへ行くのはひどく簡単なことだ。
こんなことが起きてようやく、自分が漠然と感じていた恐怖の正体に思い当たる。
私はそうなってしまうのが怖かった。
彼が私のことを彼女ら多数の女たちと同じように見たり触れたりすることなど耐えられない。
自分が多数のうちの一人だと知りながら、抗えなくなってしまうのは嫌だ。
手首を掴んだ手には痛いほどの力が籠められ、触れた唇からは熱い息が漏れていた。
こんな風に私に触れるのは、私の知っているカカシじゃない。こんな彼は、知らない。
寝ても無いのにカカシのこと知った風に言わないでね
何度だってあの言葉がのし掛かってくる。
あんずは私の知らない彼を知っていて、そして、そんな彼を─好きなのだ。
私の知らない、カカシ。
私を簡単に撃ち落としてしまうカカシ。
だから、拒絶した。
「サキホー...?」
戸口のあたりから掛けられた声に、反射的に視線を遣った。
いけない、自分の目からまだ途方もなく涙がこぼれつづけているというのに。
床に座り込む私を見て驚いて煙草を口から落としたのは、午前の約束通りに姿を現してくれたアスマだった。
「サキホ...!?」
アスマは小走りに駆け寄って、膝を付いて私を覗き込んだ。
「何だ、何で泣いてる?」
ついさっき起こったことは、鮮明なくせに、説明することも出来ない。
カカシが私にキスしたの、と頭の中で文字列にしてみたら、胸が張り裂けそうに痛んで余計に涙ばっかり零れた。
何も言えないでいる私に、アスマは状況から推察しようとしたのか、素早く辺りを見渡した。
床に落ちた、手付かずの可哀想なみたらし団子。
テーブルの上には私の食べ掛けの串が一本。
それから、まだ冷たい麦茶の入ったグラスが二つ。
それらをぐるりと見渡して確認した視線が、私の処へ戻ってきて真っ直ぐに捉えた。
「さっきまで誰か居たんだな。誰だ、サキホ。そいつに何された...!?」
その気迫に圧され、思わず肩がびくりとすくむ。
「...なんでも......ない、の...」
「...カカシ、...か?」
探るように、おそるおそるといった掠れた声でアスマがその名を挙げた瞬間、ぐっと私の眉がしかめられるのを彼が見逃してくれるはずもなく。
ふるふると首を横に振ってはみたけれど、それももう遅くて。
アスマは苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをして、そして尚も今あった出来事を推し測るようにじっと私の目を覗き込んだ。
「アスマ。ほんとに、何でも無いの。ちょっと、喧嘩...しちゃって、」
私がそう言うと、頭を抱えて少しだけ考えるように黙った後、無理には訊かねぇが、とアスマは呟いた。
無理に訊くことはしなくても、喧嘩したという私の言葉を、恐らくそのまま呑むつもりは無いのだろうけれど。
「ちゃんと仲直りしろよ」
「...うん」
私は目元を拭ってから精一杯に笑って見せたけれど、彼の苦い表情は変わらなかった。
それでも彼が来てくれたお陰で少しだけ精神をクールダウン出来たことはありがたく思う。
冷静になれ。
考えよう。
仲直りをする─関係を修復する、ということ。
ううん。そうだ、きっと武器を造るのと一緒。
修復よりは、レプリカを造るほうがずっと簡単。
壊れかけのひねくれた心をそっとしまっておいて、カカシのこと素直に信じていた心のレプリカを造ればいいんだ。
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