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誰にも会いたくなくて部屋へ帰った。
何もしたくない。
見たくない。
聞きたくない。
触れたくない。
呼吸さえ億劫になる。
こんな気分の時は少しくらいハードな任務がある方がいっそ気が紛れるくらい。
しかしそんな時に限ってやたらと寛大な三代目の計らいで、明日まできっちり休暇を与えられているのが現実である。
自分を取り巻く何もかもをシャットアウトしたくてベッドに俯せになってみると、今シーツに触れているこの唇や鼻先が、彼女のそれに触れたのだとそればかり考えてしまって全くの逆効果だった。
勢いよく身を起こす。
ベッドサイドに置いてある曇った鏡の中の自分と目が合ってしまったので思わず睨み付けた。
左目を縦に裂く傷跡が涙の跡みたいに見えてすごく嫌だ。
情けない顔してんじゃないよ。
女にぶたれたくらいで何だっての。
弾かれた頬は赤く腫れた訳でもなく、傷がついた訳でもなく、要するに痛くも痒くも無かったのは事実だ。
痛かったのは、胸だけで。
さらに言えば自分の心が傷付いたということよりも、サキホが傷付いただろうということのほうが辛かった。
だって、あの平手を受けた瞬間、分かってしまったのだ。
彼女は恐らく生まれてこの方、その手で人を殴ったことなど無いと。
この先も、そんなことなんて無い方が良いに決まっているはずなのに。
─オレが、それをさせてしまったのだ。
無意識に口を吐いて出たごめんという呟きは多分そっちに対してであって、キスという行為に対してでは無かったと思う。
俯せもダメなら、仰向けも息が苦しい。
起き上がっても、立っても座っても逆立ちしても同じことだった。
眠ってしまうのが一番楽になれそうに思えたが、口惜しいことに今日は昼間で寝ていたこともあってそう簡単に眠れそうにない。
一体何時間ほどそうして悶々としていただろう。
ふと、衣服の汗ばむ感触に気付いた。全身がじっとり湿っている。
もしかしたら何時間も前からそうなのかも知れない。
というのも、帰ってきてからエアコンも扇風機も稼働させていないから、汗をかくほど暑くて当然なのだ。
気付かなかったことがどうかしている。それほど思考は停滞していたらしい。
にわかに喉の渇きを感じて、よたよたと冷蔵庫へ向かって更に現実に打ちのめされそうになる。
ドアを開ける前に気付いた。モーター音がしていない。この冷蔵庫には電源が入っていないし、中身も空っぽだったのだ。
長期任務に出るために、三ヶ月前に自分がそうしたのではないか。
仄かな期待すら持っていないが、念のため開けてみるとやはり記憶に相違無く空っぽのままだった。
つまりこの真夏のさなかにあって、部屋から出なくては冷たいビールはおろかミネラルウォーターすら飲むことが出来ないという状況である。
訓練をしてサバイバル耐性のある身体だから、どこかのひ弱な鍛冶屋のように一日飲み食いしないくらいで倒れるようなことは無い、が。
この酷い渇きは肉体ではなく精神の渇きではないかと思ったとたん、急にアルコールが欲しくなった。
溺れたい訳じゃない。
少し。ほんの少し、酔えるだけの量でいい。
外へ出てみると陽はほとんど落ちかけており、風もあって室内よりもずっと涼しかった。
それとは全く別に、里の一部に不思議な熱が集まっているのを肌で感じる。
アパートの屋根に上がって里の中心部の方を見ると、橙の灯りがたくさん灯され、お囃子の音が届いていた。
─夏祭り。
木の葉では一年で一番大きなイベントで、里の人口のほとんどがそこに集まるのだが、オレは祭りにあまり参加した記憶が無かった。
こどもの頃から任務に追われてばかりいたし、暗部に属してからはその祭りの警備に当たるのが例年のことだった。
ただ、別にそれを恨めしく思ったことは無い。
祭りに足を運ぶ目的もこれといって無く、一緒に楽しむ相手も居ないのだ。
折角休暇をもらった今年ばかりは─自分があんなことさえしなければ、サキホを誘って連れ出すことも出来たのかもしれないけれど。
でも、人混みは嫌いだからと断られるかな。
そんなことを思っていたら、どうしても彼女のことばかり考えてしまっていると気付いて、自身に辟易した。
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