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小麦粉とソースと友人とアルコールの相性は抜群に良かった。
初めはお互いに顔色をうかがっているようにも見えた紅とサキホも、意外や早い段階で打ち解けたのは幸いだった。
しかもきっかけを作ったのはサキホの方だ。
彼女の天然発言がうまいこと作用して場の雰囲気を明るくして、紅の気に入ったらしい。
「このコ可愛いわ。ねぇお酒飲む?何が好き?」
「あ、はい、果実酒が好きです」
そんなやり取りで梅酒ロックに始まりサワー、ウーロンハイ、苦手だと言いながらもビール、と勧められるままにサキホは次々とグラスを空けていった。
酒豪の紅よりはだいぶゆっくりなペースとはいえ、明らかに飲みすぎである。それを止めるタイミングを失ってしまったのはオレのミスだ。
気分よく飲んでいるからさほど弱くは無さそうに見えたし、何より、赤くなった顔でふわふわと笑う彼女が本当に楽しそうで嬉しそうで。
誰もが当たり前に経験しているこんな友人同士の付き合いを知らなかった彼女。
それをこうして与えることが、せめてもの罪滅ぼしになればいいと思った。
どうやらサキホは随分酔っ払っている、とオレたち三人がやっと気付いたのは、そろそろお開きにしようと席を立った瞬間のことだ。
ぐらりと揺れた身体を反射的に片手で支えると、手足も腰もぐにゃぐにゃと全く力が入っていないことが分かる。
とても自分の足で歩いて帰れそうに無かった。
もとより、帰りも送っていくつもりではあったけれど...。
「サキホー?大丈夫?帰るよ」
「あい、だぁいじょぶぅ、へへっ、みなさんさようならー」
さも愉快そうにへらへらと笑うこんな彼女を見たことが無かったからこそ逆に、心配が募る。
また見ていない処で倒れられたらと思うと。
「さようならーじゃなくて。おまえはオレが送るから」
「えー、ちかいもん、平気ですよーだ」
ふざけた口調で反論すると、支えていたオレの手から離れて歩き出そうとするが、力の入らない膝ががくんと折れて地に伏しそうになる。
今度は紅がそれを抱き止めた。
「あらあら、大丈夫じゃないわね」
彼女に酒を勧めまくった張本人の紅があらあらなんて暢気に言う。
酒豪の自覚がない人間は恐ろしい。しかも当人はあれだけ飲んで顔色ひとつ変えずにけろりとしているのだから。
サキホは不意に身体を預ける形となった紅のその胸元に顔を埋め、感触が余程心地好いのか、うっとりと目を伏せてそのまま寝てしまいそうになっている。
「こりゃあ担ぐっきゃないか...」
紅にしっかりと抱き止められたサキホの腰に腕を掛け、ひょいと持ち上げた。
すると意識が落ちかけていたはずの身体にびくりとにわかに力が入り、身を捩る。
「い、や...!かかし、やだ降ろして!」
「歩けないでしょうが」
「やーだーやーだーやーだー!」
「サキホ?カカシが送ってくれるって言ってるんだから」
駄々をこねるこどもをあやすように紅が彼女を覗きこむけれど、尚もイヤだイヤだとオレの腕から逃れようともがいている。
「かかしはイヤれす、紅しゃんがいいよ!」
「あら、どうしてかしら」
「だあって、かかしわぁ、ちゅーしたりするからイヤ!女たらしのすけべの変態色情魔なのぉ!!」
「!!」
酔っ払いから飛び出した思わぬ言葉に、彼女以外の全員が凍った。
オレは勿論のこと、事情を知るアスマは頭を抱え、事情を知らない紅は戸惑いと嫌悪を滲ませた目でオレを睨んだ。
「ち、ちょっとカカシ...!?あんたこのコに何を!」
「えー...っと、ハハハ...」
誤解だ、と言おうとしたけれど、悲しいかなあながち間違ってもいないのが事実である。
あまりにあんまりな告発に言い訳がさっぱり見つからない。
自分もほどほどに酔っていて、頭がうまく働いていないのかも知れない。
いや、これは動揺か。
「だれにでもそんなことするなんてぇー、さいてぇー。そんなかかしは嫌いだもーん」
「そう...カカシは危険ね。私が送っていくわ」
「あのねー、いくらなんでも酔っ払いをどうこうしようなんて思わないよ。それに寝ながら吐いたりしたらそれこそ危険でしょ、目ぇ離さないでおかないと...」
「それって一晩中ひっついてるつもりってこと?益々危険ね」
紅の目に警戒の色が増す。
オレの素行や浮き名を知らない彼女ではない。
アスマ同様、昔馴染みとしての信頼はあるはずだと思いたいが、やはりそこは女性だ。警戒するのも無理は無いのかも知れない。
「目を離さない方がいいっていうなら私の家に連れてくわ、それでいいわね」
紅が有無を言わさず自分の方へとサキホの身体を引き戻すと、行き場を失ったオレの腕はだらしなく宙を掻き、重力に逆らうこともできずにだらんと垂れた。
渦中のサキホはというと、紅の胸元に再び収まってしまうといよいよ眠気が襲ったらしく、寝息を立て始めた。
そうか。
オレの腕では落ち着けないか。
「...おいカカシ、紅に任しとけよ」
ぽん、とアスマが肩を叩いた。
女の子が女の子を担いで歩いているというのも中々に異様であるが、さすがくの一。自分と同じくらいの体格のサキホも平然と肩に担いで行く紅の後ろ姿を、オレとアスマはぼんやりと見ていた。
角を曲がってその姿がやっと見えなくなったところで、ふう、と大きく煙を吐くアスマ。
先程から嫌な顔をしている。
色々と言いたいことがあるのだろう。
「あのな...、俺も紅のことでそこそこ難儀な想いしてきた方だが。ただ側で見守るなんて良いことねぇよ、カカシ。自分の首絞めるだけだ。...お前、送り狼にならねぇ自信あるか?」
狼になんて、ならないよ。
そういう覚悟はとっくに出来てる。
できてる、つもりだ。
そう思ったけれど、この反論を口に出来るほどの確証は無かった。
わかってる。
アスマと紅の言う通り、女同士の紅に任せておくのが最善だ。
何より、酔っ払いの言葉とはいえあんな文句をぶつけられては、自分がどれ程信頼を失っているのかくらい分かる。
「ねぇアスマ...」
「あ?」
「オレ、女たらしのすけべのイチャパラ愛読変態色情魔だって。そんな風に思われてんだね...」
「イチャパラ愛読は言ってなかったぞ。てか、むしろそこは正しいだろ」
「そーですか」
だれにでもそんなことするなんてぇー、さいてぇー
そんなかかしは嫌いだもーん
ばぁか。
誰にでもあんなことしないよ。
おまえだけだよ。
オレにこんな想いさせられるのはおまえだけだよ。
そう言ったら信じるか?
そう言ったら受け入れてくれるのか?
サキホ。
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