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里の出入口である大門付近でサキホにバッタリ遭遇したのは、あのお好み焼きから数日後のことだった。
サキホとの関係性をアスマにたしなめられた一件もあって、しばらくクロガネに行くのはやめて頭を冷やそうかと思っていた。
確かに彼の言う通り、自分の望んだ彼女との距離は、ある意味では独りよがりで自虐にも似たものだと思えたからだ。
そんな矢先に、偶然とはいえ彼女に出くわしてしまうとは。
里外での任務から帰って門をくぐると、そこに一台の駕籠が停まっていた。
それも要人が乗るような、なかなかに装飾の立派な駕籠。担ぎ手らしき者たちの身なりも相応にきちんとしていた。
門前で今まさに里を出る手続きをしているようだが、はて、どこぞの要人が木の葉に訪れているなどとは聞いていない。
気になって一行を見ていると、担ぎ手たちの影にいた中央の人物が少しだけ身体の向きを変え、その横顔が目に飛び込んできた。
「サキホ...?」
見間違える、はずもない。
それでもにわかには信じられない。
彼女がこんなところへわざわざ出向いて、しかも里外に出る手続きをとっているなんてことは、想像もつかなかった。
面の奥から目を凝らす。
やっぱり、それは彼女だ。
「サキホ、」
名前を呼び掛けられ、弾かれるように顔をこちらへ向けると、彼女は驚きに目と口を丸く開けた。
さすがに暗部の面をしていてもオレと分かるらしい。
「カカシ」
「こんなとこで何し─、っ!」
何をしてるのかと言い掛けたところで、うやうやしく駕籠の担ぎ手二人が横へと退いて、はっきりと見えていなかったサキホの姿を視認した。
いつもとはかなり違う彼女の様相に、やっぱり別人じゃないのかと疑う気持ちが芽生える。
自分は今たぶん凄く間抜けな顔をしているだろう。面を着けていてよかった。
─正装、いや、セミフォーマルといったところか。
いわゆるワンピースなんてものを着ている彼女を初めて目にする。
いつものツナギも言い様によってはワンピースであるが、今日はノースリーブから華奢な腕を、スカートの裾から膝下を晒しているのだから、とにかく全くの別物である。
「えっと...、なに、その格好は」
言葉を詰まらせるオレに彼女ははっとなって、両方の手をクロスして二の腕を隠した。
顔がみるみる赤くなる。
「...パーティーに、呼ばれていて。と、取引先の」
「パーティー?取引先?」
「わたくしどもシラハネ鐵鋼所の新社長就任の宴席にございます」
ずいと一歩前に出て質問に答えたのは、駕籠の担ぎ手二人とは別にもう一名脇に控えていた、一番年齢が高そうに見える男である。
丁寧な口調、落ち着いた柔らかい声色、整った服装。小間遣いとはいえ、身分の高い者に仕えているということが はっきりと推し測れる。
この紳士がサキホの案内役ということか。
─シラハネ鐵鋼所、と言ったか。
聞いたことがあるような無いような感じだが、ともかく、鉄鋼材を卸している業者なのだということは聞かずとも分かる。
成る程、取引先ということはつまり、クロガネもそのシラハネとかいう業者から仕入れをしているということだ。
それにしても...。
「パーティーって...。おまえ、平気なの?一番苦手そうな場所じゃない。知り合いはいるの?」
新社長就任の宴席という名目なれば、方々から関係者が集まる華やかなものではないだろうか。
その手の現場の護衛や潜入の経験もあるから、想像に容易い。
そしてサキホがそういった場に恐ろしく不向きであることもまた、想像するまでもなかった。
聞いてはみたが、知り合いだって居ないのは明白だ。
「な、なんとかなるよ...。食事会に出ればいいだけだって言うから」
「でも気が進んでる訳じゃないでしょ。そんなの断ればいいのに」
オレがそう言うとサキホは俯きがちだった顔を上げ、苦し気に眉間に力をこめた。
その表情は、きりりと睨んでいるようにも泣くのを堪えているようにも見える。
「簡単に断れないの!...これだって、仕事のうち。私の仕事だもの。嫌でもやらなきゃいけないことだってある。こどもじゃないんだから」
きつめの口調でそう言い切られ、些かたじろいでしまう。
そんなに酷いことを言ったつもりはない。むしろその逆で、彼女を心配しての言葉だと言うのに。
たじろきながら、しかし、"これも仕事のうち"という彼女のセリフを反芻する。
何よりも仕事にこだわりとプライドを持っているのは知っている。その気持ちを、尊重すべきだということも。
「...そう」
しかし。
何故だか互いの主張がちぐはぐな気がする。
ただただ心配しているオレと、仕事だからと干渉を拒む彼女。
少しズレてはいないか。
そう思ったけれど、その違和感をうまく言い表すことが出来なかった。
「麦野様、そろそろ発ちませんと、到着の予定時刻に遅れまする」
紳士に促され、サキホはひらりとスカートの裾をはためかせながら駕籠に乗り込もうとした。
が、腰に結ばれたリボンが駕籠の乗り口の装飾に引っ掛かり、少しもたつく。
身を屈めたままでは上手くリボンの引っ掛かりを外せないでいたので、オレの手でそれを外した。
「慣れない格好するとこれだわ」
自虐的に彼女が呟く。
「まったくだね」
「あんまり、見ないで。似合わないの分かってるから...」
確かにガラじゃあないけれど、似合わないなんて微塵も思っていない。
むしろその逆だ。
シンプルで品のある、ワンピース。
西国のドレスを模したようなデザイン。
おそらくは舶来品。高価な代物であろう。
光沢を翻しているロイヤルブルーの生地が、彼女の黒髪と肌の白さのコントラストによく映えている。
悔しいが、彼女にこの服を選んだ人物のセンスは確かだ。
そう。
悔しい。
彼女にこんな格好をさせられる奴が憎い。
仕事付き合いで仕方なくとはいえ、誰かのために着飾る彼女が憎い。
浴衣姿の紅を思い出した。
アスマが見立てたであろう浴衣を纏った紅は、美しかった。
「変、でしょ」
「そんなことないよ」
「...じゃあどう思う?」
いま、ここで。
答えをはぐらかすことなんてせずに。
「どこぞのお姫様の輿入れみたいだなって」
似合っているよ。
綺麗だよ。
そう素直に言えたならよかったのに。
お姫様、なんて表現に気を好くする彼女でないことは知っている。
だから誉め言葉にはなっていなかったし、誉めたつもりも無いのだ。
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