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ふわふわと頬をなでる物がある。
薄らと目を開けると、ベッドサイドの窓にカーテンがはためいていた。
窓を少しだけ開けたまま寝ていたようだ。
早朝の薄明かりと共に、心地よい風が室内に流れ込んでいる。
その風が隣に眠る彼女の髪を揺らし、オレの頬をくすぐっていたのだ。
それはもう、何年も前から随分と慣れた現象だった。
まだ気持ち良さそうに眠っている彼女を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、身支度を始める。
顔を洗い、歯を磨き、いつもの忍服に袖を通した。
紺のアンダーシャツに緑のベスト…。そう、これももう随分と着慣れている。
オレは先ほどまで見ていた懐かしい夢をにわかに思い出した。
それは彼女…サキホと想いを通わせ合った、あの懐かしい日の夢で。
しらはね邸からサキホを奪還して里へと戻ると、オレを待っていたのは三代目のあの笑顔と、この緑色のベストだった。
火影の命に背き、個人感情で勝手な行動を取ったという咎で、オレは暗部の除隊を言い渡された。
それは表向きには厳罰処分であったが、実際のところは三代目のオレへのご褒美だった。
暗部から離れるということ。それは単純に、命の危険が減るということ。
自分の命を大事にするということは、自分を想ってくれている誰かを大事にするということと同じだから。
そんな想いや懐かしい記憶の詰まったベストに、巻物や忍具をしまっていく。
毎日彼女がちゃんと研いでくれているクナイや手裏剣も、ひとつひとつ確認する。
それらをこうして身に纏うことが、どんな任務のときだってどれ程心強いことか。
任務―。
そういえば今日の依頼は何だったか、とテーブルに伏せて置いていた依頼書に目を通すと、その内容に思わず笑ってしまった。
そうか。この依頼のせいで、あんな懐かしい夢を見たのかも知れない。
くくく、と喉から漏れる笑い声と、窓から吹き込んだ風がカサカサと依頼書を鳴らす音が重なっていた。
その声と音に反応してか、ベッドの中でサキホがうーんと唸って伸びをした。
白い肩から胸元が布団から曝け出されて、なかなかに色っぽい。
「お…はよう」
「ごめん、起こしちゃった?」
彼女はむにゃむにゃとまだ眠たげに眼をこすりながら時計を確認して、いつも早いねぇと呆れ気味に呟いた。
オレは自分が飲むために水を注いであったコップを彼女に手渡した。
一杯の冷たい水で、ぼんやりしていた頭もどうにか覚醒したように彼女はぱちぱちと瞬きをする。
それからオレのことを頭のてっぺんからつま先まで視線を何往復もさせてじっと眺めていた。
「なーに。何かおかしい?オレ」
「ううん…。なんだか夢を見てたみたい。カカシが、暗部の格好してた頃の…」
「…へぇ、」
どうやら二人して似通った夢を見ていたらしいとわかると、妙に嬉しくて笑みがこぼれた。
何年も一緒に居て、こうしてベッドまで共にしているというのに、いまだにこんな小さな偶然が幸せだったりする。
「…で?暗部のと今の制服と、どっちのオレが格好いい?」
「どっちでもいい。むしろどうでもいい」
「ひどッ」
「ていうかどっちも好き」
カカシが、好き。
さっきの夢の一番大事な部分がリピート再生されているような錯覚に陥る。
ああこれは幻術か?こんな幸せな幻術なら大歓迎だけれども。
思い出になぞらって、彼女にキスをした。
この一瞬の高揚が、あの頃と何ら変わらないのだから困る。いつまでも離れがたいのだ。
「どっちが良いかはともかく、ねぇ、昔言ったの覚えてる?カカシは先生に向いてるって」
「んー?あぁ、うん、覚えてる…」
確か以前熱中症で倒れた彼女にこれでもかと説教垂れたときにそんなことを言われたような記憶がある。
が、しかし今はそんなことは置いておいて。
不意に会話で中断されてしまったキスを、仕方ないので首筋に移す。
そう、仕方がない。
そんな格好でそんな可愛いことを言われたらとりあえずこちらも愛情表現を返してやらねばなるまい。
例によって言葉にするのは苦手なので、行動で示してしまうことは許してほしい。
「私の言った通りだったでしょ…って、あッ…、ん、もう!!!」
ちう、と鎖骨に吸い付いた瞬間に跳ねる身体と声。
しかしそれ以上は枕でぼこぼこ頭を叩かれて続行を拒否されてしまった。
「かわいい下忍くんたちが待ってるんでしょ!早く任務に行きなってカカシセンセー!」
「はーい…」
肩を落としてしょんぼり、というポーズを見せてはみるが、どうにも口元のにやにやが隠せない。
緩んだ表情のまま玄関に向かって靴を履くオレの後ろ姿に、彼女が声を掛けた。
「なんだかやけにご機嫌。楽しそうだね」
「うん、オレも良い夢見てたから。…それに、今日の任務ちょっと楽しみなんだ」
「ふぅん?」
「Dランク任務。麦畑の刈り入れ」
「カカシの好きな場所だ」
付き合いの長い彼女は、さすがによくわかっている。
でも正確にはちょっと違う。
その場所が好きなわけじゃなくて、好きなきみを連想させられるから、好きなんだと。
あの頃からずっと変わらない。
くちゃくちゃになったシーツを羽織ったまま玄関まで見送りに来てくれた彼女。
相変わらず手入れ不足な黒髪があちこちに跳ねている。
いとしい彼女。
体温
肌の感触
声
香り
すべてを逃がしたくなくて、きつくきつく抱き締めた。
終
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