マニフェストは愛妻至上主義 (2/2)


「…そんな、」

「大袈裟な話じゃなくって、現実的に考えてさ。能力も体力も衰えちゃってる。火影どころか、忍としてもどうなんだろうって考えてるわけ」

「カカシは立派な忍だよ…!ずっと里を守ってきたじゃない。
 カカシが居なきゃ戦争だって負けてたはずだって、ナルト君たちから聞いた。
 今だって変わらないよ。写輪眼がどうとかじゃなくて、先生はやっぱりすげーって言ってたんだよ」

「ナルトが言ってたの?へぇ、そりゃうれしーね」

 照れ隠しもあるが、茶化すようにへらっと笑ってみせた。
 彼女がオレを立派な忍だと言ってくれることも、部下からの尊敬も、ただ素直に嬉しい。

 嬉しい、けど、少しだけ重い。
 慣れたはずの重圧だったけれど、今まざまざとそれを感じている。

 忍隠れの木ノ葉で、忍の両親のもとに生まれた。
 里の誉れだった父。
 自分自身の才能。
 生まれた瞬間からそのすべてが当たり前のものだった。
 齢三十を過ぎるまで、ずっと当たり前に。
 忍として生きて、そして死んでいくのだと。その事に何の疑問も躊躇いも無かった。

 だから、里外から移住して、自分の意思で生き方を選んで歩んできたサキホは、一人の女性としてだけでなく、オレにとってあらゆる意味で尊く崇高な存在なのだ。

「忍辞めたら、サキホの仕事を手伝いたいな。
 ほら、覚えてる?親方が亡くなっておまえ一人でやり始めた頃。
 オレが色々口出しに行ってたじゃない。
 あん時みたいにさ、二人であーだこーだ言いながらさ。
 おまえとなら毎日顔突き合わせててもいいもん。
 ま、喧嘩もするだろうけど。
 一緒に仕事して、休みには一緒に出掛けて、お金があったらたまに旅行とかもして。
 そんな風に生きるって─」

 そんな風に生きるって、あこがれる。
 そう言いたかったけれど、あまりに気恥ずかしくて、こそばゆくて、口にできなかった。
 なつかしい思い出と、夢に見る隠居生活が頭の中で交錯していた。
 サキホは、組んだ手の甲に顎をのせ、うーん、と呻きながら天井を仰いだ。
 オレの言ったことを想像しているらしい。
 普通の嫁さんだったら、戯れ言だ、甘えるなと一蹴してもよさそうなところだが、否定はせずに真面目に取り合ってくれるのが彼女のいいところだ。

「うん…それはそれで楽しそうかも。二人で旅行なんてしたことなかったね」

「ね、そうでしょ」

「でもやっぱだめ」

「何で…」

「カカシは器用すぎてなんでもできちゃうもん。
 鍛冶屋で私よりお客さん付くようになったら悔しくてたまらないから、それはだめ」

 "クロガネのバク"の名が霞んじゃうじゃない、と肩を落としながら彼女は言った。

「え、そんな理由?」

「そんな理由だよ。人には適材適所ってものがあるの。
 カカシは─、やっぱり忍者だよ、生まれながらの忍者。
 だから今まで里を守ってこれたんじゃない。
 私はあなたの才能がずっと羨ましいんだ。
 初めて会ったこどもの頃からずっとね。
 それに誰からも信頼されてること、必要とされてること、誇らしく思ってる。
 そんな才能とか築いてきたものって、あなたにとって簡単に放り出せるものだと思う?
 ─私は、そうはしてほしくないな。
 それは火影になろうがなるまいが関係ない。
 カカシがカカシらしくあることが全てだよ」

 ああ、ほら。
 嫌だなぁ。
 参るよなぁ。
 彼女の心からの言葉はいつだって、ちゃんと真っすぐに突き刺さる。
 まるで、それこそが彼女の造る武器みたいにだ。
 いつだって力強く、オレをこの世界に留めようとする。
 縛り付ける。
 ある種の束縛だとわかってる。
 でも、それが妙に心地よくて、身を任せてみようかって気にさせられるのは何故だ。
 あんなにひねくれていたオレを素直にさせてしまう、彼女にしかない不思議な力。

「オレさぁ、」

「うん」

「おまえとの生活を守りたいんだよね」

 サキホは口元だけで優しく微笑んで、小首を傾げて話を促した。

「おまえが暮らすのに不便じゃない、安心できる里だったらいいなって思ってる。
 だから当然、里は守っていきたいんだ。
 里の人たちのためってのもあるけど、何より一番に今のおまえとのこの生活を守るため。
 そんな超個人的な動機で火影になるってのは、果たしてありなんだろうか」

「うん、無くはない」

「すっごい微妙な答えだね」

「私個人としては、その気持ちは嬉しいな。カカシってホント私のこと大好きなんだねぇ」

「まーね」

「おや、照れないの」

「好きだよ」

「…っ」

「愛してるよ」

「………、もう、何それ、ばかじゃない」

「そっちが照れてやんの」

 先にからかおうとしてきたのはそっちだってのに、馬鹿はひどいね。
 そう言いながら赤く染まった頬を両手で包んで、否応なく口づけた。
 照れた表情と拗ねた表情が複雑にいりまじっている。
 その姿がやっぱり愛しくて、彼女のためなら職権乱用だろうが構わないから何だってどんな手段だって使って、この先も平凡な幸せの中にいさせてやらなきゃいけないとさえ思った。

「なんだかサキホのおかげで腹が決まった。明日綱手様のとこに行ってくる」

 綱手のところへ赴いて、六代目就任要請を承諾する。
 サキホは小さく開いていた口からすうっと一筋の空気を吸い込んで、それからきゅっと唇を閉ざし、わかったと言うように浅く頷いた。





 さぁ、そうと決まったら変な緊張は解いて、気を取り直して食事の続きを楽しもうじゃないかと箸を握りなおした瞬間だった。

「その必要はないぞ、カカシ!」

「ひっ」

 重圧感のあるあの御方の声は突如として二人きりの部屋に飛び込んできた。
 しかも人んちのドアを盛大に蹴破って、だ。
 思わず情けない声が漏れた。

「…つ、つなで様!?」

「私の執務室まで来てくれる必要はないぞ。私からの誕生日プレゼントだ、ありがたく受け取れ」

 そう言ってポンと投げて寄越したのは、火影の笠。
 歴代の火影に受け継がれているあれだ。
 こんな大事なものを軽々しく投げて寄越すとはさすがといおうか、良くも悪くもこの人らしい。
 いや、そんなことは一先ず置いといて、だ。

「綱手様!何してるんですか人んちでっ」

「ふん、私だって別にオマエら馬鹿夫婦の無意味なイチャイチャを好きで覗いてたわけではない。
 賭けの結果を自分の目で確かめたかったからな」

「賭け!?」

「おいシズネ、サクラ、どうだ今度の賭けは私の勝ちだ」

 綱手が背後に声を掛ければ、シズネとサクラが顔をひょっこり覗かせた。

「先生ごめんなさい!先生がサキホさんの説得に応じるかどうか賭けようって綱手様が」

 なるほど。
 オレがなかなか承諾しないものだからついには賭けのネタにまでされていたとは。
 揃いも揃って、人んちに身を潜ませてオレとサキホのやりとりをうかがっていたらしい。
 オレがあれだけ深刻に悩んだというのに…。
 ひどい里長である。
 これは今巷で問題視されているモラルハラスメントというやつに相違無い。

「それにしてもカカシさんキザ〜。好きとか愛してるとか平気で言うんですね」

「ホント、チューまで見せつけちゃってしゃーんなろーですよね、シズネ先輩」

「まったくしょうもないドスケベ野郎だな。大丈夫かぁ?こいつが火影で」

「アンタが言うな!帰れっ!!!」

「何を言う、誕生日の宴はこれからだろうが。酒をしこたま買ってくるようにナルトをパシらせてるからな」

「えっ」

「あ、ケーキ発見!おっきいホールケーキ。さっすがサキホさん、最初から皆を呼ぶつもりだったんですね」

「えっ。違っ、それ、わ、わたし、ああああぁ」

 おそらく半分以上サキホが自分で食べるために買ってきたであろうケーキが、あっという間にサクラとシズネの手によって手際よく切り分けられていく。
 サキホは言葉にならない声をあげていた。
 何もしてやれない自分を不甲斐なく思う。
 すまん、サキホ。


 ナルトが酒を抱えてやって来て、道中で会ったらしいシカマルら同期連中も引き連れていて、その後に子供連れの紅まで来ていて。
 ただでさえ広くない家はすっかりすし詰め状態になった。
 始まりの合図もなく、誕生日パーティーなのかなんなのかよくわからない宴は終始にぎやかで皆笑っていた。

 さっきまでケーキの惨劇に呆然としていたサキホも、いつの間にか笑っていた。
 人付き合いが苦手だったあいつが、こんな状況で。
 それを見たら、あぁ、これならきっと大丈夫。オレたぶん、なんとか火影をやれる。と、そう思えた。


 ごめんね、旅行はもうしばらく先になりそうだ。








カカ誕2015

おしまい



式日