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 女が泣くのは嫌いだった。
 ただただ煩わしいから。
 というか、煩わしいシチュエーションでしか女の涙には遭遇したことがなかったから。
 でも彼女が下唇を噛みしめながら涙をこぼすのは、どこか子供じみた懐かしい感じがして、不思議と煩わしさはなかった。

 彼女の葛藤は忍からしてみれば大したことではない、実によくある類いのもので、家族や師匠や仲間の死は多くの忍が経験し、そして乗り越えているものだ。
 だからって、そんなことでいちいち落ち込むな、と叱咤する気にはならない。
 孤独の種類は、人それぞれだと思うからだ。
 オレのように、孤独を感じる隙すらも与えてもらえない人間もいる。
 彼女が独りぼっちだと思うなら、そうなのかもしれない。
 だからハッキリと声に出して言ってやる必要があったのだ。過去に繋がりを持った人間が、ちゃんとここに居ると。
 十年もの空白はあったが、このタイミングで再会したことは、お互いにとって何か意味のあることのように思えた。




 彼女の涙が止まってから、オレの持ってきた酒をあけて、猪口に注いで飾り棚にある写真立ての前に供えた。
 折角だから再会を祝して、と自分たちもそれぞれ一杯ずつ口を付けた。
 酒の甘い匂いがふわりと鼻を抜ける。
 ふ、と吐息だけでサキホが笑った。

「何かおかしい?」

「私たち、お互いお酒が飲める歳なんだね」

「そうだね」

「それにカカシ君、そんな顔してたんだ、って思って。なんか今更そんなこと思うなんて、おかしくて」

 酒を飲むためにマスクを下ろして晒している素顔を、彼女は物珍しげに見て言った。
 言われて、少年だったバクの姿が思い浮かび、確かに不思議な感じがして、少し可笑しかった。
 お互いにマスクの下の素顔も知らなかったオレたちはいつの間にか大人になって、バクという少年はサキホという名の女性になっていたのだから。

「そんな顔してたんだ、ってのはお互い様でしょ、サキホ」

「ん......」

 彼女はどこか居心地悪そうに視線を泳がせた。

「サキホ?」

「うん...どうでもいいことなんだけど、あのね、私のことは"バク"でいいよ。なんか照れ臭い。名前で呼ばれたこと、ほとんど無いから...」

 それで妙にそわそわしていたのか、と合点がいった。
 でも...。

「バク、ねぇ...なんか今となってはそっちの方が変な気がするんだよね」

「変?」

「んー...、やっぱ変。バクって男みたいな名前じゃない。こどもの頃はそれで違和感無かったけどさ。でも今のおまえはどっからどう見たって女でしかないから、バクよりサキホのほうがずっとしっくりくる」

 彼女は豆鉄砲喰らった鳩のように目を丸くし、でも、とかやっぱり、とかもどかしそうに口ごもりながら、最終的に「まあ別に構わないけど」と言った。
 そんな風に動揺したり照れたりされると、なんだかこちらが変なのかと思えてくる。
 名前で呼ぶなんて唐突すぎたのか。
 でも深い意味は無かった。
 彼女が本名を名乗ったのでそちらで呼ぶのが適切だろうと思ったし、忍の世界では男も女も関係なく下の名前で呼ぶのがふつうの普通のことで、それに何より、先程言ったようにしっくりくるのは本名の方だったからだ。
 ただ、照れている女の子っていうのは、どうしてだか不思議と可愛らしく思える。
 心に不用心な隙を作っている。
 その隙間を垣間見るのは、たぶん誰だって嫌いじゃないはずだ。
 ただそれだけの事。
 深い意味なんて。



式日