03 (2/3)


 クロガネの営業再開まで、半年を準備期間として設定した。



 半年間で、サキホは数十もの試作を造った。
 造って、それをオレが見て、
 改善点を挙げ、また造り直す。それを延々と半年間も繰り返していた。
 オレが上出来だと言っても彼女は簡単には納得しない。自分の師匠の造った物に遠く及ばない、とまた炉の前に座って工具を振り上げる。
 オレにはその気持ちが解る。
 周りにどれだけ持て囃されたって、師匠ミナトや父サクモの在りし日を思うと心にくすぶるものがあるのだ。
 だから、彼女が精神も肉体も疲弊しきっているのを見ても止めることが出来なかった。
 焚き付けてしまったのが自分である以上、オレは納得のいく完成品が仕上がるのを見届けなくてはいけない。
 それは義務感でもあり、オレからの批評を真摯に受け止める彼女の信頼を裏切りたくない気持ちも強かった。


 任務の後や時間の出来たときに様子を見に行くのだが、作業をしている彼女の集中力は凄かった。
 言葉を発せず、瞬きも少なく、呼吸すらしているのかどうか時々疑わしくなるほど、神経が手先の一点に集中するのだ。
 滲んだ汗が、頭に巻いたタオルや口許を覆う布、長袖のシャツをじわじわと湿らす。
 時々汗が目に入り、顔をしかめる。
 それでもまたすぐ、作業に没頭する。

 そんな彼女の横顔は、強く、美しかった。
 それを眺めている時間が好きだ。
 自分の心までもが鋭く研磨されるような感覚に陥る、刹那の恍惚。





 再会から半年が経とうとしていたある日。
 気温が跳ね上がって今年最初の夏日になった初夏の午後。
 陽は長く、まだ外は煌々としていたが、少しだけ夕涼みの風が吹き始めた時刻に、任務を終えたオレはクロガネを訪れた。
 店先の戸の前で、いつもの鉄を打ったり工具を扱う音が聞こえてこないのを少し不思議に思った。
休憩しているのだろうかと思いながら引き戸を開けると、異変はすぐに目に飛び込んできた。

「サキホ...!?」

 いつもの場所。
 炉の前の丸椅子には座っておらず、その傍らに倒れこんでいたのだ。

「おい!サキホ...しっかりしろ、サキホ!!」

 外傷の有無。呼吸、脈拍、顔色、体温。順にすばやく確認する。
 チ、と舌打ちを無意識に発した後、オレはサキホを抱き上げて飛び出した。

 屋根や木々や電柱を跳ね、最短直線ルートで木の葉病院を目指した。

「......、」

 外気が触れたからか、意識をうっすらと宿した彼女が何か呟いた。
 声がほとんど出ていなかったが、口の動きからするに、涼しい、と言ったようだった。





 医師の診断を聞くまでもなかったが、思った通りの熱中症、そして脱水症状だ。
 この暑い日に、炉の熱で蒸し返す作業場に籠って換気もせず、水分を摂ることも忘れるほど作業に没頭していたことは容易に想像できた。
 発見が遅れたら命の危険だってあった。
 馬鹿かおまえは、死んで気付いても遅いんだぞ、と強く怒鳴り付けてやりたいのに、ベッドの上の彼女はいつも見せているあの横顔よりずっと弱々しく小さな生き物に見えて、点滴針の刺さった白い腕が目に痛くて、言えなかった。
 言えない自分の甘さが悔しい。拳に力が入る。
 この半年間でサキホが造る試作の忍具についてならいくらでも辛辣な意見だって口にしてきたのに、彼女自身についてのことはどうして言えないのだろうともどかしかった。
 それに、疲弊しきっているのを知っていて、少しは休むように言わなかった自分の責も多分にあることが悔やまれる。
 それなのに、彼女は。

「カカシ、ありがと...」

 そうして容易く感謝を口にする。

「......」

「怒って、るの?」

「違うよ」

 感謝の言葉なんて、いらない。

「...あのさ、帰ってすぐ見せたいものが」

「今日は帰れません入院ですバーーーカ」

「...やっぱ、怒ってる」

「いーから大人しく寝てなさい。たっぷり休んで元気になったところで明日以降たっぷりお説教してあげるから。で、おまえの話はその後聞くから」

 じゃーね、と病室を出ようと踵を返すと、カカシ、と渇ききった声でサキホが呼んだ。
 去り際に呼び止められるのは二度目だ。

「明日、会えるの?時間ある?できたらすぐがいい、すぐ会いたい」

 すぐにでも会いたいという切迫感をはらんだ懇願。
 どくん、と心臓がえぐられるみたいに軋む。
 女がそういうセリフで追い縋ってきた経験が無くは無い、が、この女に限っては決して色めいた甘い意味合いが無いことはわかっている。
 この半年間でそういう関係を築いてきた。
 物怖じせず忌憚のない意見が言える、そう、言ってみれば男友達みたいな関係を。
 それなのに何だ。
 オレって奴はどんだけ色ボケ煩悩にまみれているのか。

「...ちゃんと元気になったら、って言ってるでしょ」

 動揺の中で、嫌味も、気遣いを装う言葉も出てこなくて、そう返すのがやっとだった。

「うん...じゃあ、きっと、明日」


 たぶん、きっと、絶対、明日。



式日