重ね続けるピンクが綺麗で


結局、秋季大会ではやや冷や冷やする場面はあったものの、無事に1部リーグに残留を果たし、インカレでは三回戦で仙道くんの大学に敗戦する結果となった。ちなみに、インカレ優勝はまさにその仙道くんの大学だった。

そんなことしている間に年は明け、今は束の間の冬休みである。

「洗い物終わったよー」
「おー、いつも悪いな」

洗い物を終えて部屋に戻ると、三井くんはソファで横になりながら月バスを読んでいた。
海での練習に付き合った時に、うちでシャワーを浴びることを勧めてから何か吹っ切れたのか、三井くんは時々うちに遊びに来るようになった。

こうやって、私が手料理を振る舞い始めたのは、秋季大会が終わり、インカレが始まるまでの間に一度ご飯に行こうという話になった時だ。
三井くんは一応、バスケ部の学生寮に住んでいるけど、寮食はない。ルームメイトも料理をしないので、基本は外食かスーパーでお弁当を買うらしい。それなら、私と食べる時くらい手料理でもいいんじゃないか、と思ったのである。

幸い自炊は嫌いじゃないし、一人より二人分作る方が作りやすい上に、材料費は多めに出してくれているので私的にも大助かりだ。

「このバッシュいいよな」
「あー、かっこいいね」
「今度見に行かね?」
「いいよ」

ソファの横に置いてあるビーズクッションに座ると、三井くんが開いていたページを見せてきた。三井くんの愛用しているモデルの新作が出たらしい。
こうして読んだ月バスを、三井くんはそのまま私の部屋に残していく。寮にはルームメイトが買ったのがあるからいいのだという。なので、先月と先々月号は我が家の本棚の中だ。私も読ませてもらえるから別にいいんだけど、部屋の中に三井くんのものがあるのは少しむず痒い。

「あ、そういえば今月のインカレ特集、三井くん載ってたね」
「なんだ、もしかしてもう買ってたか?」
「ううん、そこだけ立ち読みしちゃった」

嘘だ。本当は発売日にチェックして買った。ちなみに三冊。だけど、正直に言えば呆れられるかバカにされるのが目に見えているので絶対に言わない。

「仙道くんとか凄かったよね。見開き仙道くんだったのにはちょっと笑っちゃった」

優勝校なうえに決勝戦ではチーム最多の得点だったので納得ではあるのだけど、どデカく一面を飾る仙道くんを思い出して、ついまた笑いが込み上げてきてしまう。仙道くんにも連絡をしてみたら、もうさんざん色々な人に揶揄われたから勘弁してくれと言われてしまった。
その話を三井くんにもしようと、テーブルの上に置かれた月バスをペラペラと捲る。

「まあ、待っとけよ」
「え?」
「オレが卒業するまでにはうちが優勝して、そこオレがデカく飾ってやるよ」

雑誌の中の仙道くんから目を離して顔を上げる。隣の三井くんは得意げに口角を上げて私を見つめている。

「そしたら、あそこにも貼っとけよ」
「そりゃ、貼るけど。なんなら今月のも貼るつもりだったけど……」

恥ずかしさに拗ねたように目を逸らす。指さされたコルクボードには、この間の秋季大会とインカレのチケットが新しく飾ってある。高校三年生の夏で止まったはずの青春が確かに動き始めた。

「そうだ、あれ塗らせろよ」
「あれ?」
「あの指に塗るやつ」

すぐにマニキュアのことだとは気づいたものの、三井くんがそれを塗ってくれようとしていることが信じられなくて、思わず眉をひそめてしまう。

「え、塗れるの?」
「やったことはねえけど、まあ出来るだろ」

確かに塗るだけではあるけど、三井くん不器用そうだからな、と思ったことは心にしまって戸棚から三井くんが買ってくれた二本の小瓶を持ってくる。
それをテーブルに置くと、三井くんが手に取ったのは淡いピンクの方だった。蓋を開けながら不思議そうに立ったままの私を見上げる。

「何してんだよ、ほら、手」
「あ、うん」

クッションに座り直して、三井くんの手に右手を差し出す。今まで手が触れたことくらいはあるけど、こんなふうに掴まれると急に意識をしてしまう。
バスケットボールを片手で掴めてしまう大きな手が、私の手を大事そうに握り、丁寧に一本一本に刷毛を滑らせる。重ねる度に濃くなるピンクは何度見ても綺麗な色だけど、三井くんに買ってもらったことに加えて、今日のことまで思い出すから余計に気軽には塗れなくなってしまった。

「そういや、明日ってなんか予定あるか?」
「いや、何にもないよー。ご飯でも行く?」

幸いにもシフトの交代を頼まれていたため、次のバイトは三日後だ。いつもより長くネイルをしたままでいられる。

「来年から流川がアメリカ行くから決起集会的なのをやんだってよ」
「流川くん!へぇ、やっぱり凄いね!」
「だから、明日の夕方迎えに来るから準備しとけよ」

何度も見た試合の中でも流川くんは凄かったけど、高校卒業してすぐアメリカ行きとは恐れ入った。だけどそんな驚きに感じ入る暇もなく、三井くんの言葉に首を傾げる。聞き間違えでなければ、迎えに来ると言われた気がする。

「来るだろ?」
「え、なんで? 私行ったら絶対おかしいよ」
「そうでもねぇよ、オレの試合見に来てたってことは湘北見てたってことだろ」
「いやいや、見てはいたけど部外者じゃん!」

空いている方の手をブンブンと振り回してアピールするものの、私の爪しか見てない三井くんの視界には入りもしない。

「バスケ部じゃないやつらもくるから大丈夫だって」

だからって、と口にしかけた抗議は「うるせぇ、集中してんだよ」という言葉で遮られてしまった。






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