眩しくみえて泣けてくる


夕方、本当に迎えに来た三井くんに連れられてやってきたのはお好み焼き屋さんだった。勝手に居酒屋をイメージしていたけど、良く考えれば主役の流川くんはまだ未成年だから、それを考慮してのことなんだろう。

お店の前にはもうそれなりの人が集まっていて、電車の中で三井くんと話しているうちに解れたはずの緊張がまた戻ってくる。赤木くん、宮城くん、桜木くん……何度も湘北の試合を見てきた中で目にした顔ぶれが、今また目の前にいるなんて信じられない。追わずぽかんと足を止めている間に、私を置いてずかずかとその輪に入っていってしまう三井くんの後を慌てて追う。

「よお、久しぶりだな」
「は、初めまして。みょうじなまえです……」

おずおずと頭を下げれば、隣で三井くんが「ガチガチじゃねーか」と小声でバカにしてくるので軽く背中を叩く。そんな私たちのやりとりを驚いたように見ていた宮城くんが、私と三井くんを交互に指さした。

「ウソ、三井さんの彼女?」
「ちげーよ。同じ大学のヤツで、高校の頃うちの試合見に来てたんだとよ」
「……陵南の応援に行ったのきっかけに湘北好きになっちゃって」

電車の中で、絶対に中学からの話とかはしないと宣言し、適当に話を合わせるように念を押してはいたものの、三井くんが余計なことを言わなかったことに胸を撫で下ろす。
それから簡単に自己紹介をした後、桜木くんのお友達だという水戸くんに声をかけられる。

「なまえちゃん、もしかしてインターハイも来てた?」
「おい、馴れ馴れしく名前で呼んでんじゃねえよ。敬語も使え」
「あはは、気にしないからそのままでいいよ。私も洋平くんでいい?」

じとりと私を見ながら不機嫌そうな三井くんの原因は、ヤキモチを妬いているのだと分かってしまう。つい忘れそうになってしまうけど、三井くんは私が好きなのだ。ちゃんと考えないといけないと思いながらも、何も言われないのをいいことに甘えて後回しにしてしまっている。そんな自分の狡さからも三井くんの視線からも逃げるように視線を逸らす。

「えっと、インターハイだよね。うん、行ったけど……どうして?」
「やっぱり? 見たことあるなーって」
「え、うそ?」

驚いて洋平くんの顔をじっと見るけど、私の方はまったく覚えていない。どこかですれ違ったりしたんだろうか。そうだとしてもあの会場にはかなり沢山の人がいたはずなのに。

「湘北の生徒でもないのに、すげー泣いてんなって印象残っててさ」

困ったように笑った洋平くんの言葉に、かあっと顔が熱くなる。隣ではさっきの不機嫌さはどこに行ったのか、「へえ」なんて言いながら三井くんがにやにやと面白そうに笑っていて、本当に穴があったら入りたい。
洋平くんはすぐに「晴子ちゃんと同じくらい泣いてたよ」と、そこから別の話題に移してくれたけど、それでも居た堪れなくて視線がさまよう。

そこでふと、会話には混ざらず少し離れたところにいた流川くんと目が合った。すぐに視線はそらされてしまったけど。
そういえば、湘北の試合にはいつも凄い数と迫力の流川くんファンがいた。あの頃の私は三井くんに夢中だったから、特に何も感じなかったけど、確かに改めて見ると本当に整った顔をしている。睫毛なんて羨ましいくらい長い。
その上、あのバスケの上手さなんだから親衛隊くらい出来るかと一人で納得していると、肘で小突かれる。

「なんだよ、浮気か」

見上げれば三井くんは、言ってることとは反対に自信ありげな笑みを浮かべている。まるで自分が負けるなんて有り得ないことがわかってるみたいに。
だけど実際、流川くんは確かにかっこいいけど、まあ三井くんだって……なんて考えてたもんだから悔しい。さっきの洋平くんのときはあんな嫉妬じみた顔をしてたくせに、どうしてこういうときばかり鋭いのだろう。


















皆であれこれ話しているうちに、全員が集合し店内に入る。店の奥の座敷が貸切となっていて、そこでそれぞれ四つのテーブルに分かれることとなった。
自然と私は彩子ちゃんと晴子ちゃんと一緒に女子のテーブルに座ることになる。社交的というわけでもないので、三井くんから離れるのは少し不安だったけど、二人とも話しやすい子で安心した。

コースは食べ放題で予約してあるとのことなので、テーブルごと好きな物を注文する。飲み物はアルコールでもいいと言われたけど、彩子ちゃんも晴子ちゃんも未成年なので、私も一杯目はソフトドリンクにすることにした。

主役の流川くんが挨拶を拒否し、仕方なく代わりに挨拶と乾杯の音頭を赤木くんがとっている間に桜木くんが騒いで怒られたりと色々あったものの無事に会は始まり、かなり場も温まってきた。

二人から高校での話を聞きながら、私の高校時代や大学の話なんかもしているうちにジンジャエールを飲み終わる。
振り返ってみると、後ろのテーブルに座る三井くんはビールを飲んでいるようだった。私も次はお酒にしちゃおうかなと思って、アルコール用のメニューに手を伸ばす。

「あ、そのネイル綺麗ですね!」
「ありがとう。いいよね、この色。お気に入りなの」

彩子ちゃんに見えるように爪を向ける。昨日、三井くんに塗ってもらったネイルは多少のムラとはみ出しはあるものの十分に合格点だったので、手直しはせずそのまま来ている。
豚玉を真剣な表情で無事にひっくり返し終わった晴子ちゃんも、そんな私の爪を見て可愛いとはしゃいでくれるので少し照れくさい。

「いーだろ、オレが塗ったんだぜ」

急に降ってきた声に驚いて顔を上げる。どうやら空になったお皿やグラスを片付けに来たらしい三井くんが得意げに笑っている。言うつもりはなかったのに、三井くんに塗ってもらったことを知られてしまったのが恥ずかしくて、隠すように手を引っこめると、三井くんの視線が私の持っていたメニューにとまる。

「酒飲むなら飲みすぎんなよ。まあ、どっちにしろ家までは送ってくけどよ」

ふっと笑って、軽く頭を撫でて席に戻っていく背中を見送る。意外とボディタッチの多い三井くんだけど、こうやって人前でやるのは珍しい。確信犯だろうかと思ったけど、どちらかというと久しぶりに会う仲間とお酒を飲んで、楽しくなって気が緩んでいる感じだ。飲みすぎに気をつけないといけないのは、絶対に三井くんの方。
小暮くんの肩に手を回して、面倒くさそうな絡み方をしてる三井くんをしばらく眺めてから、前に向き直る。そこでは彩子ちゃんと晴子ちゃんがじっと私を見つめてたものだから思わずたじろいでしまった。

「え、どうかした?」
「なまえさん、ほんとーに、三井さんと付き合ってないんですか?」
「あれ、完全に彼氏の態度じゃないですか!」
「……あはは、うん、付き合っては、ないんだよね」

告白はされてるんだけど。口には出さずに心の中で呟く。あれからもう半年近くが経っていて、そろそろ答えを出さなきゃいけないのは分かっている。
いや、答えなんて本当はとっくに出ている。私は三井くんが好き。だけど、そんな分かりきった答えを前に現実を見ようとしないのはどうしてか。
それは私が、三井くんを好きな以上に三井寿のことを好きだから。私はあの思い出を守りたい。そして、その願いが導く先はひとつしかないんじゃないかと結論を出しそうになって、慌ててそれをかき消す。そんなことを堂々巡りに繰り返してばかりいるのだ。

店員さんにレモンサワーをお願いして席に戻りながら、ゆっくりと部屋を眺める。楽しそうに笑う三井くん、話を聞いてあげてる赤木くんに小暮くん。少しうるさそうな宮城くん。

(……あ、また)

隣のテーブルに視線を移すと流川くんと目が合ってしまった。たいして話してもいないのに目ばかりあってしまって申し訳ない。でも今度は軽く会釈をしてもらえた。
アメリカに行って、流川くんは今よりもっと凄くなるんだろう。すぐに後を追うと意気込んでいる桜木くんだって凄くなる。

そして、三井くんも。三井くんと出会えて本当に良かったと思う。おかげで私はまた三井寿のバスケに出会えた。そうして、どんどん凄くなる三井寿を見ていたいはずなのに、三井くんに恋をした私は心のどこかで置いていかれたくないと思ってしまっている。

ああ、本当にそれじゃあダメだ。私の思い描く三井寿の未来に、私はいない。必要ない。







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