いつもちょっとだけずるい


三井くんとはまともに会わないまま一ヶ月が過ぎようとしている。大学は春休みにも突入し、構内で遠目に姿を見ることすらなくなった。こうなってしまうとむしろ、返事をするためにはわざわざ時間を作ってもらわないといけないという引け目で一層会いに行けなくなっていた。

一人分の夕ご飯を作り終えてテーブルに運ぶ。行儀が悪いとは思いながらも箸を手に持ち、久しぶりに作った酢豚を口に運びながら携帯を操作する。

「仙道くんから……」

受信していたメッセージ。その名前に思わず箸を置く。仙道くんにも、なんとなくあの夜から勝手な気まずさを感じてしまっている。

「練習試合」

開いたメッセージの内容は練習試合を見にこないかというお誘いだった。来週、三大学合同での練習試合があるのだという。場所はうちの大学。
ということは勿論、三井くんはいるのだろう。しばらく躊躇って、行くと返事をする。三井くんと今まで通りにいられなくなっても、バスケは見に行くつもりだったし、もしかしたらその日に返事をすることも出来るかもしれない。

仙道くんから連絡があるまでは体育館には来ないで、どこかで時間を潰していてくれというお願いに首をかしげながら、まあ部外者には見せれない部分もあるのだろうと納得をして了承した携帯。
その真っ暗な画面に、三井くんのバスケを見に行けると決まったとは思えないほど浮かない顔が映り自嘲する。

これで本当にこの恋は終わり、そして、新しい春が始まるのだ。

















決して楽しみだとはいえない気持ちのまま過ごした一週間。バイトでは普段はしないようなミスを何度もしてしまって散々だった。
そんなことを思い返しながら、仙道くんの言いつけ通りに大学内のカフェテリアで待っていると、もう来てもいいとの連絡が来たので体育館に向かう。ボールの跳ねる音とブザーの音が聞こえるので、もう試合は始まっているらしい。
二階に上がっていくと、細い通路で仙道くんがユニフォーム姿のまま手すりに凭れてコートを見下ろしていた。

「仙道くん」
「なまえさん」

仙道くんの隣に立つと、ちょうど三井くんへとパスが渡ったところだった。脚が軽やかに床を蹴りあげ、ボールが描く放物線。息をするのも忘れてその光景に魅了される。

「あそこで三井さんをフリーにしたのはまずいな」

時間を確認すると4Qが始まったばかりのところだ。点差は大きくうちの大学がリードしている。

「今日の三井さん絶好調ですよ」
「あっ、そうなんだ」
「でも、試合前になまえさんとメシ行ったって言ったら、かなり機嫌悪そうでしたけど」
「え!話したの?」

話さないでと言ったわけではないし、そういう話になってもおかしくはないとは思うけど、三井くんとの接触を避けている手前、なんとなく後ろめたい気持ちになってしまう。いや、でも二人きりなわけではないし、魚住くんもいたし……なんて言い訳を心の中で呟いて、はっと我に返る。これから三井くんの告白を断ろうとしながら、一体何を考えているんだろう。
慌てて頭を振って、つい浮かんでしまった感情を追いやる。そんな私を見て仙道くんがふっと口角を上げた。

「三井さんは変わらないんじゃないですかね」
「……変わらない?」
「なまえさんの話を出されて不機嫌になっても、そのあとすぐの試合であれだけ動いてる」

ああ、これはあの夜の話のことだ。三井寿のバスケに関わりたくないと言った私に向けられている。

「もしかして、それを伝えるために呼んでくれたの?」
「まあ、変に拗れそうだったんで」

体育館に笛の音が響き渡る。ファール。三井くんのフリースローだ。仙道くんはコートに顔を向けたまま私の方を見ようとはしない。なるほど、私は今、背中を押されているのだ。

「この前、仙道くんはもしかして私を好きなのかもって思っちゃった」

二人で並んで歩いた夜道。私の青春になれたかと聞かれた声に感じたことは勘違いだったのだと気づいて、思わず笑いが込み上げる。
仙道くんも笑ってくれたらいいなと思ったけれど、その瞳は意外そうに見開かれた。

「あ、やっと気づいたんですか」
「え?」
「まあ、正確には好きだった、かな? いや、今でもオレを選んでくれるなら大歓迎ですけど」

冗談にして流してしまおうと思っていたのに、予想とはまるで違う展開に瞬きを繰り返す。

「オレ、なまえさんのこと好きだったんですよ」
「う、嘘だぁ……」
「ホントですよ。越野なんかはすぐに気づいてましたけどね」

魚住さんはどうだろうなー、なんてマイペースに呟いてる仙道くんを横目に、頭に手を当てて高校時代の仙道くんとのやり取りを思い出そうとする。
魚住くんに用があるといって私たちの教室に来たり、すれ違った時に声をかけられたり、陵南の試合も見に来るように誘われたり……確かに帰宅部だった私にとって、仙道くんは一番仲のいい後輩だった。だけど、好きとかそういうのを感じた記憶はない。

「だって、そんな素振り、全然」
「なまえさんが三井さんに夢中でオレのことなんて眼中になかっただけですよ」
「うっ」

言葉に詰まる私に仙道くんが可笑しそうに肩を震わせた。

「まあ、でも、今思えば確かにあれは恋というほど仰々しいものでもないし、憧れほど立派なものでもなかったな」

過去を懐かしむように細められた双眸。その視線の先にいるのは私だけど、仙道くんが見ているのは口を開けば三井くんの話ばかりしていたあの日の私だ。

「羨ましい、と思ったんです。この瞳にオレが映ったら、どんなにいいだろうって」

何を言えばいいかも分からぬまま、それでも何か伝えなくてはと口を開きかけたとき、試合終了を告げるブザーが鳴った。引き寄せられるように音を追う。

そこではじっと、三井くんが私たちを見つめていた。遠くても分かる。その目が孕んだ確かな熱量。







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