どうしても欲しいというのなら


一日の講義が終わってすぐに向かった大型ショッピングモールのスポーツ用品店で、ずらりと並んだスポーツタオルを手に取る。
あの日、三井くんが貸してくれたタオルは家で干してあるけど、それを返す際に一緒に誕生日プレゼントとして渡そうかと迷っているのである。タオル返すのにタオルをプレゼントするのもどうかと思うのだけど、気を使わず貰いやすくて使いやすいものとしてはベストな気もする。

「まあ、タオルなら困らないでしょ」

誰にでもなくそう呟いて、貸してもらったものとおなじスポーツブランドの商品を手にレジに向かうことにした。





「あれ? なまえさん?」
「仙道くん!」

会計を終え、店から出たところで名前を呼ばれて振り返る。そこにいた一年ぶりの見慣れた後輩の姿に驚く。

「珍しいですね、こんなところで。あ、ついにマネージャー始めました?」

ちらりと私の手に持ったさっき買ったばかりのスポーツ用品店のロゴ入りの袋を見て、仙道くんが納得したように頷くので慌てて首を振る。
魚住くん繋がりでちょこちょこ話すようになった仙道くんは、昔からよく私に、マネジャーになればいいのにと言っていたのでこのやりとりも懐かしい。

「違うって、色々わけありで」
「へぇ、聞きたいな。もし時間あればどっかで話しません?」
「いいよ、あとはもう帰るだけだったし」

最後に見たときよりもまた少し体つきが良くなった気がする仙道くんと連れ立って一階のカフェへと場所を移す。
そこでお互いコーヒーを注文してから、この数ヶ月の出来事を話すことにした。

「実は三井寿と同じ大学だったんだよね」
「あれ? なまえさんってあそこ行ったんでしたっけ」

驚いたように目を丸くした仙道くんの反応を見るに、三井くんの大学は知っていたけど、そこに私もいることはすっかり忘れていたという感じだろう。まあ、無理もない。魚住くんを通して仙道くんのことをたまに聞くことはあったけど、こうして顔を合わせるのは高校を卒業して以来だ。

「行ったんでしたよ。それでまあ、偶然出会って、なぜだか仲良くなって、この前なんて誕生日祝いに飲みに行った」
「ハハ、かなり仲良くなってるじゃないですか。あ、じゃあ、今日買ってたのって」
「誕生日プレゼントですけど」

そこまで聞いたところで仙道くんは堪えきれなくなったように顔を背けた。小刻みに揺れている肩を見るに、どう考えても笑っている。

「ちょっと、笑いすぎ」
「いや、まさかそんな運命的な出会いをしてると思わなくて」

そりゃ私だって、あれだけ一緒のところにと願った高校は駄目だったのに、何も考えず入った大学で出会うなんて思いもしなかったし、それもまさか誕生日プレゼントなんて買うような仲になるとは想像もしなかった。だけど、いくらなんでも涙が滲むほど笑うことはないんじゃないかと思う。

「あ、そういえば今度、なまえさんの大学と練習試合あるな」
「え、そうなんだ」

やっと笑いの波が落ち着いたらしく、いつものマイペースで飄々とした表情に戻った仙道くんがじっと私を見据えた。

「見に来てくださいよ」

その言葉に思わず息を飲む。
三井くんのバスケを見たいと思ったあの居酒屋での思いは今も変わらずある。だけど、どう切り出そうかなと思っていたところだったので、仙道くんに誘われたということにしてしまおうかと心が揺れる。

「……あー、行こうかな?」
「オレを応援しに?」
「……それはちょっと、決めかねてる」
「へえ、昔みたいに即答で否定されるかと思ったのに」

仙道くんが意外そうな表情で私を見つめる。その瞳は無言のまま、私の真意を聞き出そうとしているのがありありと伝わってくる。その圧に負けて、ため息混じりに重い口を開いた。

「三井くんには仙道くんのファンだったって最初の頃言っちゃったんだよね……」
「え? じゃあ、なまえさんが高校時代ずっと三井さんを応援してたのも言ってないんですか?」

今度こそ本当に驚いたというように目を丸くする仙道くん。その顔をじとりの睨みつけてから、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

「言ってないですけどー!私は仙道くんを応援しに陵南と湘北の試合を見に行った時に、ぐーぜん!三井寿を知ったことになってますけどー!」
「言わないんですか?」
「今更言えないでしょ……。実は中学最後の県大会の時からずっと応援してて、高校に入ってからも二年間どこの学校にいるか探し続けて、やっと見つけてからは湘北の試合は学校を休んでまで見に行ってましたとか……怖すぎじゃん」

三井くんと仲良くなってから、時々高校時代の試合の思い出話を聞くことがある。その度に心の中で、「知ってます。ずっと見てました」と、まるで隠し事をしているような後ろめたさを感じてしまう。

そのときの気持ちを思い返して、肺の中が空っぽになるほどのため息をこぼす。
すると、肩を軽く叩かれて顔を上げる。そこで無駄に整った顔の後輩は、爽やかな笑顔で携帯を差し出してきた。

「ま、オレの応援してくれるなら楽しみにしてますよ。ついでに連絡先交換しません?」

ふくれ面のままポケットから携帯を取り出して渡せば、慣れた手つきで自分の連絡先を登録していく。

「じゃあ、近況報告楽しみにしてますね」
「あーあ、昔の仙道くんはもっと可愛かったのに」
「そうでしたっけ?」
「……そんなこともなかったかも」

明らかに人の状況を楽しんでる仙道くんは、あははと爽やかに笑ってから「そろそろ帰りましょうか」と席を立った。そのときに伝票も持ったので、先輩らしく私が奢るよといえば、「オレが誘ったんだから、珈琲くらい払わせてください」とレジに行ってしまった。スマートなイケメンになったもんだと感心しながら、仙道くんの連絡先が登録された携帯をポケットにしまい直す。

「ありがとね」
「いいですよ、これくらい。じゃあ、あとで試合の日程連絡するんで」
「うん、よろしくお願いします」

まだ買い物をしていくという仙道くんとはカフェを出たところで別れて、家に帰るために駅へと向かう。右手に持った三井くんへの誕生日プレゼントの袋がカサカサと音を立てる度に、なんだか少しずつ心が浮き足立っていくような気がした。




















次の日、四コマ目の講義が終わり教室から出ると、部活に向かう途中の三井くんを見つけた。小走りで近づいて声をかける。

「これ、借りてたタオル」
「おー、わざわざ洗ってもらって悪かったな」
「それはこちらこそ。あ、あと……」

洗濯し綺麗に畳んだタオルを受け取った三井くんに、カバンから取り出したラッピングされた袋も差し出す。三井くんは不思議そうに首を傾げながらも受け取ってくれた。

「これは誕生日プレゼント」
「は、マジか。そんな気使わせるつもりじゃなかったんだけどよ」
「たいしたものじゃないし、私があげたかっただけだから気にしないで」

開けていいかと尋ねる三井くんに、もちろんと肯けば、いそいそとラッピングのリボンを解き始める。その手つきから嬉しそうな感じが隠しきれてなくて少し可愛い。

「おっ、タオル」
「タオルならいくらあっても困らないかなって……。タオル返しといてタオルあげるのもって感じだけど、他に思いつかなかったとかじゃないから、ほんと」
「そんなこと思ってねえよ。ありがとな」

言い訳でもするように念を押せば、三井くんは傷のある口元を上げて笑った。思わず、どきっと胸が高鳴って頬まで赤くなりそうな気配がしたので、慌てて話題を次に移す。

「そういえば、今度仙道くんの大学と練習試合あるんだってね?」
「おー、よく知ってんな」
「それ買いに行ったときに、たまたま会って聞いた。それで、応援行こうかなって」

まだ心臓の音が落ち着かないせいで、三井くんの顔を見ていられない。これではとても三井くんの応援に行くなんて言い出せないなと思って、「久しぶりに仙道くん見たいし」と続けようとしたところで頭の上に手を置かれた。

「……だめだ」
「え?」

そんなこと言われるとは思いもしなかったので驚いて顔を上げると、いかにも不満そうな顔をした三井くんが私を見下ろしている。

「来るならオレの応援に来いよ」
「三井くんの……?」
「仙道のことは高校とき散々見たんだろ? ならもういいだろ」

もういい、とかあるんだろうかと思ってるうちに、頭に置かれていた三井くんの手によって無理やりに頷かされる。

「誕生日プレゼント、これだけじゃなくて、みょうじの応援もつけとけよ」

そう言い残し、最後に軽く私の頭を撫でるようにしてから部活へと向かって言ってしまった三井くん。心臓はうるさいくらいに高鳴り、間違いなく顔も赤い私は、廊下に立ちつくしながら、その背中を見送ることしか出来なかった。








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