そしてまた射抜かれる


仙道くんから届いたメッセージを何度も見返しながら辿り着いた体育館。わずかに緊張しつつ足を踏み入れる。練習試合は仙道くんの大学で行われることになっており、普段、他大学に行く機会なんて滅多にないものだから無駄にキョロキョロしながらキャンパス内を歩き回ってしまった。

部外者が見学してもいいものかと不安でもあったけど、仙道くん自身が誘ってくれたんだし大丈夫だろう。入口付近で辺りを見渡していると、バスケ部員らしき学生が見学なら二階席でどうぞと案内してくれた。

「お、仙道くん」

ポツポツとまばらにいる見学者の中には部員の友人らしき人や、スカウトと思わしき人たちもいる。どこに座ろうか悩んで、真ん中より少し端の一番前の席に決める。手すりにもたれながら階下を眺めていると、ぞろぞろと入ってきた部員の中に仙道くんを見つけた。

目が合ったのでひらひらと手を振って見せれば、仙道くんは何やら自分の後ろを指さした。それに釣られるようにさっき仙道くんが入ってきたのと同じ入口を見れば、タイミングよく三井くんが現れる。
ばっちり目が合ったな、と思うと、挑発的にその瞳が歪められた。そして、その口が何か言っている。

「……見とけよ、って言ったな」

周りには聞こえないように、小声で三井くんの言葉を繰り返す。見とけよ。そんなこと頼まれなくても、私はずっと、三井寿しか見てこなかったよ。
言えるはずもないその言葉を飲み込んで、アップを始めた三井くんを見つめる。







試合が始まってからはもう呼吸の仕方も忘れそうになるほどだった。三井くんにボールが渡る度に、その一挙一動に心臓が締め付けられる。
三井くんの動きは高校時代のプレーから、また何倍も進化を遂げていた。私が置いてきたつもりのあの日から、三井くんはずっと努力をしてきたのだ。こんなの見せられたら、高校最後の冬の選抜大会を見なかったことも、そこで勝ち取った推薦で入学した去年の大学リーグを見れなかったことも、とたんに惜しくなってしまう。

混戦する試合の中で、私の瞳はコート上のどこに彼がいようと三井寿しか映さない。そして、三井寿の瞳にはゴールしか映らない。バスケをする三井寿にとって、私はどこまでも傍観者でなくてはならない。
三井寿の手から放たれたボールが、空中で綺麗な軌道を描く。そして、吸い込まれるようにゴールネットをくぐる。ああ、そうだ。あのシュートが私を春に突き落とした。そしてまた、春が蘇る。

試合終了を告げるブザーが鳴り響いた音で、はっと我に返る。いつの間にか目じりに溜まっていた涙は、そっと指で拭った。
試合は惜しくも負けてしまったけれど、得るものも多い練習試合となったのだろう。三井くんの表情は、確実に次を見越している。








試合も終わったし帰ろうかなと思っていたら、仙道くんに手招きをされたの。一階におりて体育館の中を覗き込んでみると、すぐに私に気づいた仙道くんが走ってきてくれた。

「なまえさん」
「仙道くん、お疲れ様」
「ちゃんと見てくれました?」
「もちろん見たよー。相変わらず上手いね」

強豪校だけあって選手全体のレベルはとても高いのに、その中で一年生ながら長い時間試合に出ている仙道くんも決して見劣りしない活躍ぶりだった。それどころか試合のキーになるポイントにはほとんど何かしら絡んでいたくらいだ。
そう話そうと口を開きかけたところで、後ろから頭を掴まれる。

「今日はオレの応援に来たんだろ」

驚いて振り返れば、不愉快そうに口をへの字に曲げた三井くんが後ろに立っていた。思っていたよりも近いその距離と、首にかかった私があげたタオルに、つい心臓が脈を速める。

「びっくりした」
「はは、なんだオレを見に来たんじゃないのか」

胸を抑えて目を向いた私を見て仙道くんは笑った。仙道くんの方から当然三井くんが近づいてきていたのが見えていたのだろう。それなのに教えてくれないなんて意地悪だ、と少し恨めしく見つめてみるけど、高校時代の時と変わらない飄々とした笑顔に毒気を抜かれてしまう。

「でも、仙道くんのことも見てたよ」
「応援はしてなかったけどな」
「ちょっと、三井くん……!」

随分と私が仙道くんの応援をすることに突っかかってくる
三井くんは、どうも、何がなんでも誕生日プレゼントとしての応援を我がものにしたいらしい。だけど、これじゃあ仙道くんにまた面白がられるのが目に見えている。
なんとか制そうとしていると、タイミングよく仙道くんに集合の声がかかった。

「はーい、今行きまーす。じゃあ、また」

マイペースに返事をして、これからミーティングが行われるであろう輪の中に戻っていこうとする仙道くんの足がふいに止まる。振り返った瞳が私を見つめた。

「そういえば、なまえさん、魚住さんの店行ったりします?」
「え? ううん、連絡はたまに取るけど、会ったり、お店に行ったことはないんだよね。板前さんの修業大変そうだし、ああいうお店って一人じゃなかなか行きにくくて」
「じゃあ、今度一緒に行きません? 結構美味いし、板前姿の魚住さん面白いですよ」

その言葉に板前さんの服を着た魚住くんのことを想像して、堪えきれずに笑ってしまう。

「あはは、じゃあ行こうかな」
「オッケー、また連絡します」

今度こそ走って戻って行った仙道くんの後ろ姿を見送っていると、その視界を遮るように三井くんが私の顔を覗き込んできた。

「行くのかよ」
「まあ、久しぶりに魚住くんにも会いたいし」
「ふーん」

自分から聞いておいたわりに興味のなさそうな返事をした三井くんは、またすぐに視線を前に戻す。そういえば三井くんのチームメイトたちはすでに撤収してしまっているようだけど、三井くんはここにいていいのだろうか。

「つーか、仙道はみょうじのこと名前で呼ぶんだな」
「え? あー、そういえば確かに。昔からそうだから気にしたことなかった」

まあ、仙道くんって誰とでもわりと距離感近いしね、と三井くんに同意を求めてみたけど返事はもらえなかった。何やら少しご機嫌ななめかもしれない。きっと、試合の後だし疲れているのだろう。

「今日のオレ、どうだった」
「え……カッコよかったよ?」

いきなりそんなことを聞かれて、一瞬言葉に詰まってしまったものの、なんとか無難な返事を選び出す。
本当は、伝えたいことなんて他にもたくさんあるのだ。たとえば、三井寿のバスケは最高だと、三井寿がいるだけで場の空気が変わるのだと。そう、今日の試合でいえば、前半戦の終盤……と、いくらだって語れる三井寿への情熱を、とにかくカッコいいという言葉に詰め込む。

私の言葉がお気に召したのか、満更でもないというように細められた瞳。それから少しだけ意地悪そうに口の端が釣り上がる。

「なまえ」
「……っ」

不意に呼ばれた自分の名前。さっきまでは私のことを苗字で読んでいたはずの三井くんの声で、私の名前が呼ばれたということに頭が追いつかない。

「オレとも連絡先交換しようぜ」

処理機能限界の頭は、差し出された三井くんの携帯を眺めながら、そういえばどうして今まで連絡先を交換してこなかったんだろうと呑気に考えるのが精一杯だった。






silent film back