指先から君の色になる


三井くんと連絡先を交換してから、私の日常は少しだけ変わった。今までは構内で偶然会ったら一緒にお昼を食べたりしていたのが、予定を合わせて会うようになった。
それから、お互い一人暮らしなので、私がバイトと三井くんの練習が終わる時間が同じくらいの日には夕ご飯を食べに行ったりもする。

今日もバイト終わりに三井くんと待ち合わせたラーメン屋に来ている。もう何度か来ている三井くんのお気に入りの店で味噌ラーメンを啜る。

「あ、今度は飲みに行こうよ」
「飲みって、お前」

別に平気かなと思っていたけど、やっぱり食べる時に邪魔だったのでポーチからヘアゴムを取り出す。そんな私を三井くんが訝しげに見つめてくるので、誇らしげに胸を張ってみせた。

「ふふん、実は成人しましたー!」
「はあ? いつだよ!」
「え、先週」

髪も結び終わって、さて続きを食べようと箸を持つ。驚いたように目を丸くしている三井くんの箸は止まったままだ。

「そういうのは先に言えよ……」
「気を使うかなって思って」
「オレだって祝ってもらってんだから気にすることねえだろ」

まあ、そうなんだけど、と歯切れ悪く話しながら麺をすする。本当は言おうかなと思わなくもなかったのだけど、ちょうど先週は三井くんと会うこともなく、わざわざ連絡して誕生日だと告げるのもな、と尻込みしたのである。

「あー、まあいい!飲みにも行くし、あとなんか買ってやるよ」
「えー、それは悪いって」
「オレが買いてーんだよ。ほら、なんか欲しいもんないのかよ」
「そんな急に言われてもなー」

誕生日を知っている友達からは先週いろいろとプレゼントしてもらった。お菓子や欲しかったコスメ、アクセサリーなどを頭で思い浮かべるものの、三井くんから貰うのだと意識してしまうとなかなか決めるのが難しい。

うーん、と唸っていると、店内に飾られたカレンダーを眺めていた三井くんが私の名前を呼んだ。

「明日休みだろ、暇か?」
「うん」
「オレも午前で練習終わるからよ、それからなんか見に行って、そのままメシも行こーぜ」

驚いて思わずメンマを落とす私をよそに、三井くんは決まりだなとばかりに大口でラーメンを啜る。断る理由も見つからないまま、私も自分を納得させるように少し伸び始めた麺を口に含んだ。





















翌日、お昼すぎに駅前で待ち合わせた三井くんと一緒にショッピングモールの中を見てまわる。
途中で三井くんが買いたいものがあるからといって、この間プレゼントを買ったのと同じスポーツ用品店に行ったり、新作の商品が飲みたくてカフェでひと休みしたりと、なかなか楽しく買い物を満喫してしまっている。

「夜は前行ったとこと同じでいいか?」
「うん、そのつもりだった」
「じゃあ、あとは何買うかだな。なんかなかったのかよ?」
「迷ってるんだよね……」

モール内の気になるお店にはあれこれ行ってみたものの、肝心の買ってもらいたいものが見つからない。
無難にお菓子とかでもいいかなと思ったのだけど、せっかく三井くんが買ってくれるのだから、形に残るものがいいと思うワガママな自分が邪魔をする。

「別にそれでもよかったんだぜ」
「だから、だめだって。私があげたタオルよりずっと高いもん」

三井くんが指さしたのは私が手に持ったショップバックで、中には思わず一目惚れしてしまったワンピースが入っている。好みドンピシャのそのデザインにテンションが上がり、三井くんに「見て!似合うかな?」なんて言いながらはしゃいでしまったけど、今思えば恥ずかしい。
そのときふと、店先で堂々と広告をうたれた新商品のネイルが目に止まる。

「あ、可愛い」

吸い寄せられるように近づいて、しゃがみこんでそれらを手に取ると、少し遅れて三井くんも私の後についてくる。

「そういうの好きなんだな」
「うん、バイトあるから頻繁には塗れないけど、結構好き」

豊富なカラーラインナップが売りらしく、その多さにどれにするか悩みながらも、落ち着いたピンクの小瓶を手に取り、三井くんに差し出す。

「それにすんのか」
「うん、お願いします」

私の渡したそれを受け取った三井くんは、「おう」と返事をしてからもなかなかレジに向かおうとはしない。女の子らしいその小さなピンクの瓶が、大きな三井くんの手に乗っているのは少し面白い。

「三井くん?」
「……これも、買っとけ」
「え?」

じっと棚にならんたマニキュアを眺めていたと思ったら、その手が掴んだのはひょいっと鮮やかなブルーの液体の入った小瓶。

「うちのチームカラーだろ」

そう言って笑ってからレジに向かう三井くんの後ろ姿を呆然と見つめながら、頬に熱が集まっていくのを感じていた。









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