「好きです。俺と付き合って下さい」

見上げるような長身が折り曲げられ、癖っ毛の黒髪のつむじが目線の先に現れる。一拍おいて理解した現実が足元の重力を狂わせて、一気に心臓が騒ぎ始めた。

放課後、ちょっとだけ時間良い?
尋ねられて、怪訝に思いながらも了承した。知り合ったのは確か一年の委員会、クラスも違うし普段話す間柄でもないので、何か用事でもあるのだろうかと簡単に考えていた。そうして赴いた放課後の教室、生まれて初めて告白された。

一瞬迷う。今まで告白したこともされたこともなければ、当然誰かと付き合う経験もない私だ。もともとそう愛想のいい方でもないために、ちゃんとした接点なしに人に好かれることはない。
とは言え友人の華やかな恋バナを適当に相槌を打って聞き流す程には関心が薄いなりにも、それでも私も一応は女子だ。万一誰かと付き合うことになる日が来ると仮定したら、それは自分が好きな人であるのが一番なのだろうと思っていた。そういう意味で言うと、私は彼のことが好きというわけではない。けれどその人となりの評判が決して悪くないのは私でも知っていた。

「…わたしでいいなら、」

迷ってこぼしたのは了承の一言。イエスと応じる理由は乏しいが、断る理由はさらに見当たらなかった。自分の感情を打ち明けることを厭わない人はいても、誰だってそうだとは限らない。私がその立場なら、心臓を握り潰されそうになるに違いない。そう思えば、目の前で頭を下げたままのこの人の気持ちを、十分な理由なく無碍にするのは酷なことに思えたのだ。

「…いいの?」

柔らかそうな癖っ毛が持ち上がるのを察して視線を落とす。恐る恐ると言った風に顔を上げた彼に、逃げそうになる眼を真っ直ぐ縫い止め頷いた。
目があった途端外される視線。そっか、ありがとう、と間をおいて返された言葉に小さく首を振った。自分から頷いたくせに顔を上げられない。告白した彼より私の方が緊張しているんじゃないかと思った。

自分が好きな人とは言わないが、普通にいい人だと思う相手からの、人生初の告白。真っ直ぐ頭を下げた彼、松川一静の姿に、私はその僅か一瞬で絆されたと言えばそうかもしれない。
それがすべての始まりだった。

160526
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