彼女の入隊にあたり、俺がしつこく喰らい付いたため一ヵ月の試用期間が設けられた。一ヵ月もあれば何かしら不都合や問題が起こるかもしれないと苦し紛れに底意地悪く考えてのことであったが、蓋を開けてみれば、彼女はその間にすっかり隊士たちの信頼を得て真選組に馴染んでしまった。
 ぼろを出させるために設けた筈だった一ヵ月は、彼女の真選組での地位を盤石にした。
 さらに、各隊長や監察からの報告をまとめると、いよいよ非の打ちどころがなかった。
 剣技についてはいわずもがな。一目見れば誰しもが思わず溜息を漏らす程の個人技に加え、集団の中でも光る統率力まであった。戦場での判断力や決断力が高く、隊長が指示を出せないときは代わりを務めることもあったという。
 勿論、隊士たちは彼女への信頼があってこそその指示に従うわけである。
 その信頼を勝ち得たのは彼女の剣技以上に、長けた処世術であった。面接時は表情に乏しいとっつきにくい女だと感じたが、実際に仕事をさせてみれば、確かに愛想を振りまくタイプではないものの誰とでも気さくに話せる常識的な社会人であった。飾り気なくさっぱりした性格であり、女であることを必要以上に感じさせないため、女っ気のない隊士たちも気負いなく接することができた。加えて姉御肌な性分であるらしく、姐さんと呼んで慕う隊士までいるときた。
 そして、俺が彼女の入隊却下の理由として一番頼みの綱にしていた素性だが、これが保証されてしまった。彼女が真選組を受験したきっかけが、松平のとっつぁんの紹介であったということが後から分かったのだ。素性は俺が保証するから前職には目を瞑れ。これがとっつぁんからの伝言だった。よくよく聞けば、彼女はその気になれば、とっつぁんの鶴の一声で簡単に入隊ができたのだ。にも関わらず、本人が縁故入隊を嫌がったためその話は隠されていた。それを聞いた隊士たちは、ますます彼女の漢気に惚れ込んでしまった。
 つまり、仕事の実力や人間性には問題なし。風紀については、慕われてはいてもあくまで一隊士としてであるため心配無用。万一彼女に何かしようものならおそらく即時斬り捨てられるためやはり心配無用――というのが結論だった。
「いつまで渋ってんですかィ土方さん。凛子さんは良い人ですぜ、チューパットも長い方くれやすし」
「何の話だ」
 報告を聞きながら俺はさぞかし難しい顔をしていたのだろう、総悟が煩わしそうに声をかけてきた。
 さすがにこれを受けてなお反対する程俺も野暮ではない。そうでなくとも、実際に一ヵ月彼女の活躍を目の当たりにして、反対する気は失せてしまった。
 しかし。
「最初からずっと土方さんだけなんですぜ、反対してんの。この期に及んで一体何がまだ気に入らねえってんです?」
「まあ女の子を入れるのに懸念があるのは分かりますけど、この一ヵ月で心配いらないのは分かったでしょう? 皆一人の人間として凛子ちゃんを尊重してますし、いくら女に飢えた俺たちでも節操なく問題起こしたりしないって信じてくださいよ」
 山崎が宥めるように言う。
 それでも俺が黙っていると、奥で誰かが「副長が女に照れてるだけなんじゃねえの」と野次を飛ばした。すると水を得た魚のように、にわかにその場にいた隊長たちが浮き立ち始める。
「確かに! 自分が女子と生活するのにドキドキして困るんだろ副長」
「何だよトラブルっつーかTo LOVEるの心配してんのかよ」
「好きな子いじめるとかいくつだよ」
 各々好き勝手なことを言い始め、山崎に至っては「おいやめろよお前ら、副長意外と純情なんだからー」などと囃し立てた。ここで何か弁解でもしようものなら火に油を注ぐように収集がつかなくなるのは誰の目からも明らかだったが、そんなことを頭で考える間もなく刀に手が伸びていた。
「お前ら全員そこに直れェェエ!」
 立ち上がって抜き身の刀を振りかざすと、蜘蛛の子を散らすようにあっという間に会議室から人がいなくなった。こんな会議の終わり方があっていいのか。
 残ったのは近藤さんと総悟。
「まあお前の気持ちも分かるが、凛子ちゃんなら上手くやれるさ。俺たちもフォローするから」
 近藤さんに肩を叩かれ、ゆっくりと刀を鞘に収める。それでも黙ったまま座る俺に、総悟が呆れたというような表情をした。
「そんなに凛子さんが嫌なら土方さんが辞めればいいんじゃねえですかィ」
 晴れない顔をしている自覚はあった。しかし今俺の心に引っかかっているのは、最早皆の言う女の入隊是非などではない。繰り返しになるが、入隊直後からみるみる隊に馴染んでいく彼女を見て、反対する気などとうに失せている。
 俺が気にしているのは、俺に対するときの彼女と他の隊士たちの語る彼女で人物像が全然異なることだった。それは彼女が裏の顔を持っているということでなく、単純に、俺と彼女の距離が初対面からてんで縮まっていないということだ。
 仕事以外では未だ挨拶を交わしたことしかなく、それも物凄く他人行儀なもので、仕事中の会話は必要最低限。副長である俺と一般隊士扱いの彼女が直接会話するような場面がそもそもほとんどないのであるが、それは局長である近藤さんも同じことで、しかし近藤さんとは親しくしている。
 皆が彼女を名前呼びする中俺はまだ苗字さえも呼んだことがなく、近藤さんや各隊長のことも肩書で呼ばない彼女は俺を副長と呼ぶ。
 ビジネスライクにしても、もう少し温かみがあってもいい。
 面接時の一件を挽回する方法も分からないうえ、相手が女となると俺はもうどう接して良いものか見当もつかず、そんな様子の俺に、当然彼女も必要以上に俺と関わろうとしなかった。
 さらには、彼女の試用期間開始から二週間が経った頃、決定的な亀裂を入れる出来事があった。

 その夜は特に蒸し暑く、屯所内のあちこちで限界まで薄着になった男たちが闊歩していた。上半身が裸の者や着流しの裾をからげて醜い脚を出している者もいた。この光景は女から見て不快なのではないか。その頃はもう彼女の入隊を受け入れる方向に気持ちが傾き始めていたため、そんなことを考えた。
 廊下を進んでいると、広間に小さく人だかりができており、何事かと覗いて俺は仰天した。着流しの上半身を脱いだ彼女が男どもに囲まれていたのだ。脱いだといっても晒しを巻き健康的な肩や腕が覗いているだけではあったが、周りの男どもが寄って集ってその腕に触れていたのでぎょっとした。
「おい何してる!」
 輪に割って入ると、普段何を斬ろうが平然としている彼女が目を見開いた。よほど驚いたらしかった。剣を握らせると化物じみて感じることもあったが、そうして見るといたって普通の女のようで、それがまたその光景を異様なもののように感じさせた。
「凛子ちゃんの筋肉触らせてもらってたんですよ」
 ぴりと張り詰めた空気に似つかわしくない、軽い調子で山崎が言った。
「無駄がなくてめちゃくちゃ綺麗なんですよ。女性の鍛えられた筋肉なんてそうそう見れませんからね。副長も触らせてもらったらどうです?」
 凛子ちゃんが構わないならだけど、と付け加えた山崎を「いやいい」と一蹴した。
 やはり今までの完全な男所帯の感覚で過ごしてはいけない気がした。意識を改め、節度を持つべきだと。薄着でうろうろする隊士も、その中で平気で肌を露出する女も。今は腕を触る程度で済んでいるが、取り返しのつかない何かが起こってしまわないうちに。今だって、下心がひとかけらくらい混ざった奴はいるかもしれないのだ。
「お前、服はちゃんと着ろ」
 さっきまでの修学旅行のような浮かれた雰囲気はすっかり鳴りを潜めていた。彼女が黙って着流しを整え始めると、古株の隊士がこちらをじっとりと見て言った。
「副長、姐さんにだけ当たりきつくないですか?」
 ひとりが口火を切ると、そうだそうだと少しずつ声が上がった。俺が反論するより少し早く、彼女が声を遮った。
「いや、副長の言う通りだよ、確かにちょっとみっともなかった」
 以後気を付けます、とぺこりと頭を下げられる。空気が完全に彼女への同情と俺への不満で満ちた。
 お前だけを目の敵にして言っているのではない、お互いに気を遣うべきだと言いたいのだ、という弁解をする間も与えてくれず、彼女は「じゃあお先に失礼します、皆おやすみ!」と明るく広間から出て行ってしまった。
「……お前らもだ。過度な露出は控えろよ。服装だけじゃねえ、今後は女がいることに少し気を遣え」
 今更そんなことを言ったところで取って付けた感は否めず、言葉はしんとした広間で浮いてしまった。隊士たちは生返事と、呆れとも怒りともつかない視線を寄越して出ていった。
 それ以降、彼女にフォローを入れるきっかけを作れず、今に至る。

 近藤さんが困ったように俺の顔を覗き込む。
「……いや、まだ反対してるわけじゃねえよ」
「そうか」
「ああ。で、あいつの配属なんだが……」
 今日の会議の主題はこれだった。試用期間中は数日ごとに彼女を監察を含めた各隊に配置したが、正式な配属はまだ決められずにいる。
 会議出席者の大半がついさっきいなくなってしまったが、事前に意見書を提出させていた。それをぱらぱらと眺める。
「皆、凛子さんの入隊は歓迎でも自分の隊では持て余すって言ってやすぜ。まああの人はその辺の隊長よりも隊長の器ですからねィ」
「かといって急に隊長を挿げ替えるわけにもいかねえし……一番隊はどうなんだ?」
「俺は構いやせんが、あのマルチな才能を一特攻隊員で消費するのもちょいと勿体ねえ気がしやす」
 それも尤もだった。どの隊に入れても期待以上の働きをしてくれるだろうが、同時に、持て余す部分も出てくる。特攻の一番隊や内偵の三番隊、監察など、専門性が上がれば上がるほど顕著にそれが言える。器用だが貧乏ではない、だがそれ故に難しい。大きな欠点も今のところ見当たらない。
「トシ、ひとつ提案なんだが、独立した遊軍のような隊を作るのはどうだ?」
「なるほど……」
 状況に応じて適宜動く部隊。場合によっては内外への密偵も。確かにそれであれば彼女に向いている気がする。戦力強化も、想定外の穴埋めも、山崎の女装でなんとか誤魔化していたところを正真正銘の女にすることもできるわけだ。
「悪くねえかもな。いきなり隊を任せるのも負担だし、まずは一人部隊でやらせるか……」
「いいんじゃねえですかィ、野郎どもも納得するでしょう」
 ただ、と総悟が寝転がる。
「そうなると凛子さんは今後あんたの直下ですぜ、土方さん。いくら友達作りが不得手だからって、これ以上子供じみた対立はやめてくだせえよ」
「わーってるよ」
「たまには勇気出して話しかけてみれば仲良くなれるかもしれやせんぜ。同い年なんだし、小さい頃見てたアニメの話とか、青春時代に流行った歌手の話とか、話題なら何でもあるでしょ」
「何の話だ」
 分かっている。面接時の無作法な態度も、本意と外れた結果とはいえ二週間前の件も、俺に非があることくらいは。
 だが、改まった仲直りなど、友達作り以上に不得手である。というよりも、そんな経験があったかどうか。人生で仲違いができる程の人間関係を、血の繋がった人間を含め誰かと構築したことがほとんどないのだ。近藤さんや総悟、あとはかろうじて山崎くらいだろうか。その面子にしてもわざわざ面と向かって謝罪などした記憶はなく、多少諍いがあっても翌日にはお互いけろりとしている。
 何をどうすればいいのか――。