02. 義兄との再会


カーラとリーマスはふくろう便で示し合わせてそれぞれの保護者を説得し、その日のうちにダイアゴン横丁に学用品を買いに行くことの許しを得た。ロスメルタはお店があり同行することが出来ず、ルーピン夫妻に連れて行ってもらうことになったため、カーラはダイアゴン横丁の漏れ鍋でリーマス達の到着を待っていた。

漏れ鍋は魔法界の玄関口で、実に様々な魔法使いや魔女が出入りする。カーラは普段魔法使いだけが暮らすホグズミード村から出ることがないため、マグルの世界からやって来たと思われる魔法使いや魔女の姿は新鮮で面白かった。きらきら光る小さな石が沢山ついたベルトを腰に巻いた女性や、擦り切れた青っぽい生地のパンツをだぼっと履いた男性が店を通り抜けていくのを眺めつつ、カーラは漏れ鍋のカウンターで魔女かぼちゃジュースを飲んでいた。リーマスとの待ち合わせよりもずいぶん早くついてしまったため、店主のトムと世間話でもしながら時間を潰そうと思ったのだ。

ふと店の奥に目をやると、一人の男の子が目に入った。ツバの前の部分だけ長く伸びた奇妙な帽子を被っていて、帽子の前には「NY」と刺繍がしてある。カーラがとても変わったマグルのファッションだと思ったその時、男の子の後ろに控えた女性がいらいらした声で帽子を脱ぎなさい、と言った。

「シリウス、いい加減にしなさい。そんなもの被っているところをマルフォイやロジエールに見られでもしたら……」
「見られたら何なんだよ。知ったこっちゃないね」
「穢らわしい、マグルの服装なんて。早くそれをよこしなさい」

シリウスと呼ばれた男の子はうんざりだと言わんばかりにわざとらしく大きな溜め息をついた。そして不意にカーラの方に目線を向け、カーラは男の子と目が合った。見ていたのを気付かれたのではとカーラは焦ってすぐに目を逸らしたが、ちょうどその時男の子の背後の暖炉から、緑色の炎とともにリーマスが姿を現した。カーラはなんとなくほっとして、リーマスに向かって大きく手を振る。リーマスはすぐに気付いてくれ、カーラの方に笑顔で駆け寄ってきた。ルーピン夫妻も少し遅れて暖炉に到着し、無事ルーピン気と合流することができ、カーラは男の子のことはすぐに忘れてしまった。魔女かぼちゃジュースのグラスはとっくに空になっていた。

「また会えて嬉しいよ、カーラ」
「リーマス、久しぶり!それにルーピンおじさん、ルーピンおばさん、こんにちは」

リーマスに会うのは約二ヶ月ぶりだった。この頃のリーマスの身長の伸び具合は半端ではなく、ここ二ヶ月の間にも少し伸びたのではと思うほどだった。リーマスは少し青白い顔をしてどことなく疲れている様子ではあったが、満面の笑みでカーラに挨拶した。ルーピン夫妻も感じよくカーラを迎え入れてくれた。

「カーラ、何事もなく合流できてよかったよ。君を無事に三本の箒まで連れて帰らなけりゃ、ロスメルタに特大のロースト・チキンに変えられてしまうところだ」
「まあ、あなたったら。会えて嬉しいわ、カーラ」

カーラはルーピン夫人にハグされながらにっこりと笑った。

「そんなことになったとしたら、ロスメルタはきっと、カーラはちょっとした散歩に出かけただけですわ、ホグワーツが始まる前にはひょっこり帰ってきますよって言うと思います」

ルーピン夫人はからからと笑った。そして、カーラとリーマスはお互いにホグワーツへの入学が決まったことのお祝いを言い合った。漏れ鍋でひとしきり話すと、カーラとリーマスは互いに必要な学用品のリストを広げ、どこから揃えるかを話し合った。そして、制服と杖はカーラとリーマスが、教科書や魔法薬学の鍋類はルーピン夫妻が調達するという段取りになり、二時間後にまた漏れ鍋で待ち合わせることに決め、二手に別れた。

「だけど僕、まだ信じられないよ。僕がホグワーツに通えるなんてほんとに夢みたいだ……」
「あら、私は最初からリーマスもきっと手紙が届くって分かってたわ。リーマスは魔法史にとっても詳しいし、呪文だって上手だし、それにご両親もホグワーツ出身じゃない」
「うん、ありがとう」

リーマスは少し照れたように、曖昧に笑って前を向いた。二人はまず制服を揃えるためにマダム・マルキンの洋装店を目指していた。

「だけど二人とも入学出来ることになって、私本当に嬉しい。これからもよろしくね」
「うん、僕もだよ。一緒の寮になれるといいよね」
「どこの寮だって構わないが、スリザリンにだけは来ないよう願っておくこととしよう」

突然低い声が背後から響き、カーラが驚いてさっと後ろを振り向くと、ルシウス・マルフォイとその母親が臭いものでも見るような目つきでカーラを見下ろしていた。ルシウスはカーラよりも五つ年上で三十センチほども身長が高い。ルシウスもその母親もカーラと全く同じプラチナ・ブロンドの髪だったが目の色はアイスブルーで、カーラの琥珀色の瞳とははっきり違っていた。カーラはこの冷たい目で見られると、いつも言いたいことが言えなくなってしまう。リーマスは唖然としてカーラとルシウスを見つめていた。

「ここで言っておくが、僕とお前の間には何の関係性もない。間違ってもホグワーツで、お前が我が一族の一員であるかのように振る舞うんじゃないぞ」

カーラはしばらく会っていなかった腹違いの兄のことがとても苦手だということを再認識した。気の利いた嫌味でも言ってやりたい気持ちはあったが、真っ直ぐに目を見つめ返して「分かっています」と答えるので精一杯だった。

ルシウスはフンと鼻を鳴らし、母親と共にカーラを追い抜かして人混みの中へ消えていった。カーラはリーマスがショックを受けた顔で自分を見つめているのを感じたので、出来るだけなんでもないんだという風に見えるよう、首を振ってリーマスに笑いかけた。

「気にしないで。血の繋がらない兄なんだけど……あまり仲が良くないの」

リーマスは何か言いたげにカーラを見つめてしばらく迷っていた様子だったが、やがて口を噤んで再び歩き出した。カーラは今ここでルシウスとの関係について聞かれてもうまく話せる自信がなかったので、リーマスの優しさに感謝した。しばらく二人とも無言で歩いた後、リーマスは聞こえるか聞こえないかというほど小さな声で「何か困ったらいつでも力になるよ。その……君がもし望むならだけど」と前を向いたまま呟いた。カーラも見えるか見えないかというほど小さく頷いた。




* * *




それからカーラとリーマスはマダム・マルキンの洋装店で採寸を終え、制服を家に送ってもらうよう手配した(カーラの採寸の番になるとリーマスはちょっと顔を赤くして、突然棚のシルク布の値段に興味を持ち採寸が終わるまで熱心に眺めていた)。その後に訪れたオリバンダーの杖店ではまずリーマスから杖選びを始め、なんとオリバンダー氏が持ってきた一本目の「ユニコーンの毛、イトスギ、二十六センチ、ややしなる」がぴったりはまった。次にカーラの番となったのだがこれが中々決まらず、ルーピン夫妻との待ち合わせに間に合わないと心配したほどだった。結果的にカーラの杖は「ドラゴンの心臓の琴線、ヤマナラシ、二十四センチ、しなやか」に決まった。カーラは、この上品な装飾を持つ象牙のように美しい杖が気に入った。軽く振ると、まるで右手から春の陽気が溢れ出しているかのようにぽかぽかしてとても心地が良いのだ。

急いで待ち合わせ場所の漏れ鍋に戻ると、既にルーピン夫妻は到着していた。二人はほっとした顔でカーラとリーマスを出迎えると、ダイアゴン横丁のお店の中でも評判のレストラン「スキャマンダーの胃袋」に連れていってくれた。そこで四人は魔法生物がステージでダンスショーを繰り広げたり、魔女ジャズ・バンドが素晴らしい演奏をするのを眺めながら食事を楽しんだ。

ルーピン夫妻はここ何ヶ月かの間会うたびにやつれている気がしていたのだが、この日ばかりは二人とも溌剌としてよく笑い、まるで数年若返ったかのようだった。カーラはそれが嬉しく、さらにはもうすぐリーマスと一緒にホグワーツに通うことができる、友達もできるかもしれないという幸せで胸がいっぱいだった。ルシウスと同じ寮に組み分けされるかもしれないといった心配事でさえも、今はカーラを憂鬱な気持ちにさせることはできなかった。




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