03. ホグワーツ特急


それからの約一ヶ月はあっという間だった。カーラはうきうきする気持ちを抑えられずに、暇さえあれば通りかかったお店の店主を捕まえてホグワーツはどんなところだったかと話をせがんだ。三本の箒でもカーラがドリンクや料理のサーブを手伝っていると、様々な住人たちがホグワーツ入学おめでとうを言ってくれた。マルフォイ家からはもちろんお祝いの手紙などあるはずもなかったが、カーラは全然気にしなかった。

そして出発の朝になった。昨日の夜から何度も持ち物リストとトランクの中身を見比べて忘れ物がないことを確認していたが、カーラはそわそわする気持ちを落ち着かせるため、朝食をとった後もう一度荷物の確認をしてくると言って自室に上がった。

使い慣れた寝心地の良いベッドと文机の間に、ドラゴン革製のトランクが開きっぱなしになっている。中を確認すると、教科書は間違いなく全て収まっているしローブや制服もきちんと畳まれている。休日用にお気に入りのワンピースとブーツもちゃんと用意してある。ロスメルタにお下がりで貰った競技用の箒も持って行きたかったが、一年生は箒の持ち込みが許されていないということで部屋に置いていくほかない。

ふと文机に目をやると、カーラを抱く母親の写真が目に入った。母親は写真の中で、赤ん坊のカーラをあやしながら幸せそうに微笑んでいる。カーラは少し迷ったが、母親の写真立てをセーターで丁寧に包んでトランクに入れた。

これでもう大丈夫だとカーラは自分に言い聞かせ、トランクの鍵をしっかり閉めてリーマス宛に短いメモを書きつけた。「出発時間の10分前にホグワーツ特急の前で待ち合わせしましょう カーラ」と書き終えると、ロスメルタのふくろうを呼び寄せてリーマスの元へと運ばせた。幸いリーマスの家とホグズミード村はそう離れていないので、リーマス達が家を出るまでには十分届くだろう。カーラはロスメルタと最後のティータイムを楽しむため、ホールへ降りていった。




* * *




「カーラ、人との出会いを大切にね。たくさん友達を作ってきなさいね。怪我はしないように、もしすることがあったらすぐにマダム・ポンフリーのところへ行くこと。それから危ないところには入らないこと。フィルチには近付かないように気をつけること。特製のチョコレート・プディングを送ってあげるからね」
「全くロスメルタはすっかり君のお姉さんになってしまったな。まあ、私も人のことは言えないが」

見送りにはロスメルタとその父ホプキンス氏が来てくれた。二人が並ぶと父娘だとはっきりと分かるくらい似ているが、ホプキンス氏は濁ったブロンドヘアを無造作に後ろで束ねている。ホプキンスはロスメルタとカーラがハグを交わしているのを眺め、優しげに青い瞳を細めた。三人はキングズ・クロス駅の9と4分の3番線の柱をするりとすり抜け、ホームで別れの挨拶を交わしていた。ホームの時計を見ると、時刻はちょうど出発の十分前を指している。

「ホプキンスおじさん、ロスメルタ、本当にありがとう。ところでフィルチって……」
「カーラ!ああよかった、見つけられた」

そこにリーマスが息急き切って現れた。ルーピン夫妻もほっとした様子で遅れて現れ、ああ乗り遅れなくてよかったと息をついた。なんでも、リーマスのふくろうが出発の直前で籠に入れられるのを嫌がったために家を出るのが遅れたらしい。

「そんなことがあったの?間に合ってよかった」
「うん、本当に。こいつったら聞き分けがなくて困るよ……あっ、ホプキンスさん、ロスメルタさんこんにちは」
「リーマス、お久しぶりね!元気そうでよかったわ。もちろんあなたにもチョコレート・プディングを送るから楽しみにしていてね」
「えっ、本当ですか?うわぁ、ありがとうございます」
「まぁロスメルタ、ありがとう!この子あなたの焼くプディングが大好きで、三本の箒から帰ってきたらその話ばかりしてるのよ」
「ねぇロスメルタ、フィルチ……」

リーマスとルーピン夫妻、ロスメルタ達が話し始め、カーラがロスメルタにフィルチが何かを聞こうとしたその時、ホプキンス氏はカーラの方に身を屈めて周りに聞こえないほどの声でちょっと話がある、と囁いた。カーラが驚いてホプキンス氏を見上げると、ホプキンス氏は極めて真剣な表情をしている。

「ホプキンスおじさん?」
「カーラ、もしマルフォイ家のご子息が何か……そう、何かに君を誘ったとしても、すぐに返事をしてはいけない。考えると言って私に相談しなさい。いいね?」
「何かって……?」
「あぁ、リーマス、カーラ!もう二分前だ、汽車に乗ったほうがいい」
「あら!本当、急がなきゃ。パパ、カーラの荷物を運んでくれる?」

ロスメルタがホプキンス氏を大きな声で呼んだ。カーラはホプキンス氏が何のことを言っているのか聞きたかったがもう出発まで時間がなく、当のホプキンス氏もまるで何もなかったかのようにカーラを汽車の入り口に追い立てて荷物を押し付けてきたので、それ以上話をすることができなかった。マルフォイ家の子息、つまりルシウスがカーラと一緒に何かをしようと誘ってくることなどあまり考えられない。つい一ヶ月前にダイアゴン横丁で会い、学校では関わるなと釘を刺されたばかりだ。カーラはリーマスと慌ただしく汽車に乗り込み、トランクを引きずりながら少し考えてみた。こっちで一緒にゴブストーン・ゲームをやらないか、と感じよく誘ってくるルシウス……うん、やっぱりありえない。

カーラはリーマスが見つけてくれた、まだ誰も座っていないコンパートメントに乗り込んだ。ちょうどその時ガタンと大きく車体が揺れ、汽車が動き出したようだった。カーラとリーマスは急いで窓から顔を出し、ルーピン夫妻とホプキンス父娘を見つけて大きく手を振った。カーラはハッと思い出し、笑顔で手を振るロスメルタに向かって「フィルチってなにいぃぃ?」と叫んだが伝わるはずもなく、ロスメルタ達はあっという間に豆粒ほども小さくなった。

「フィルチって何?」
「私もそれが聞きたかったの。ロスメルタが学校で気をつけるようにって言ってたから、呪いの石像とかそういうものかも……」

二人はぼすんと座席に腰を下ろした。リーマスは不思議そうな顔でカーラに尋ねたが、カーラは眉根を寄せて唸った。

「うーん、気をつけなきゃいけないもの……。通りかかると攻撃してくる鎧とか?そうじゃなければ性格の悪いゴーストかも」
「ねぇリーマス、フィルチがどんなゴーストなのかも気になるんだけど、それよりさっきホプキンスおじさんに言われたことがあって」

カーラは立ち上がってコンパートメントの扉を閉めた。ルシウス本人やその知り合いが隣のコンパートメントにいる可能性もゼロではない。

「ホプキンスさんから?」
「ああ、その前に一つお願いがあって……この間ダイアゴン横丁で一緒にいた時、会ったでしょう?私のその、兄と。あの人と私が兄妹だってことは学校では秘密にしておいてくれない?」
「それは構わないけど……」

カーラはあのダイアゴン横丁での買い物の後、家に帰って考えた。ルシウス・マルフォイはきっと、カーラの母がマグル出身であること、正式な妻の立場でなかったことからマルフォイ家の縁者としてふさわしくないと考えている。もしカーラがホグワーツで自分がルシウスの腹違いの妹だなどとこぼした時には、ルシウスは怒り狂うだろう。ホグワーツを卒業するまでの間はマルフォイ家がカーラの金銭的な面倒を見ることになってはいるが、当主のアブラクサスに気に入られているとは言えない今の状況でルシウスの機嫌を損ねるのは得策ではない。

卒業後には金銭的援助を打ち切るということは、つまり縁を切るということだろう。卒業後孤立無援となることが確約されているカーラは、何としてもホグワーツで教育を受け卒業し、一人前の魔女として生きていく力を身につける必要があった。マルフォイ家に媚びへつらう気はないが(たとえそうしたとしても、ルシウスやアブラクサスに有効だとは思えない)、ルシウスがホグワーツに在学している間は少なくとも、目をつけられないようやり過ごすことが必要不可欠だとカーラは思った。

「ありがとう。リーマスに迷惑がかかることはないと思う」
「僕はそんなこと気にしないよ。ただ、立ち入ったことを聞くつもりはないけど、何か困ったことがあったら頼ってよ」

リーマスは、僕ら友達だろう?とカーラの目を見つめて少し寂しそうに微笑んだ。カーラはリーマスに家の事情について話していないことを申し訳なく感じ、それと同時にリーマスの優しさがとても嬉しかった。ロスメルタやホプキンス氏とさえマルフォイ家の話はあまりしなかった。けれどリーマスになら打ち明けてもいいかもしれない、と感じた。友達、という言葉を口にして少し恥ずかしくなったのか居心地悪そうにもぞもぞしているリーマスを見て、カーラは言った。

「私とあの義兄は母親の違う兄妹同士なの。それで義兄の名前はね、ルシウス・マルフォイというの」

リーマスは驚いたように目を見開いた。魔法界で暮らす者であれば、例え純血一族でなかったとしてもマルフォイの名は知っている。しかしマルフォイ家に娘がいるとか、当主が再婚したと言った話は聞いたことがない——リーマスはそう言いたげに口をつぐんだ。カーラは母親がマルフォイ家の正妻ではなかったこと、そのためマルフォイ家とはあまり良い関係を築けておらず、三本の箒に間借りするようになったことなどを話した。

「そう、だったんだね。カーラ、話してくれてありがとう」
「あっ、でもね、私は今すごく幸せなの。だって大好きなロスメルタが待ってる家があって、これから大切な友達と一緒にホグワーツに通うことができるんだから」

話を聞いたリーマスが目を伏せて悲痛な顔をしているので、カーラは慌てて付け足した。自分ではそう思っていないのに周りに、とりわけ近しい間柄の人間に不幸だと思われるのはなんとなく嫌だった。

「それでさっき言ったホプキンスおじさんの話なんだけれど。ルシウスから何かに誘……」
「ごめん、ここあいてるかな?」

カーラが本題に入ろうとしたその時、ガラガラと大げさな音を立ててコンパートメントの扉が開いた。

「コンパートメントがどこもいっぱいで。もし入れてくれたら、すごくありがたいんだけど……」

その少年はカーラとリーマスの顔を交互に見比べ、尻すぼみに呟いた。薄茶色の髪に同じ色の小さな目、丸顔と下がり眉がどことなく気弱な印象を与える。リーマスはカーラにちょっと目配せした後、朗らかにその少年を受け入れた。

「もちろん。ここは僕たち二人だけだから、座ってよ」

少年は断られると思っていたのか、明らかにほっとして礼を言った後トランクをコンパートメントに引きずり込み、リーマスの隣に座った。その時ひらりと裏返ったローブの内側に、「ピーター・ペティグリュー」と刺繍がされているのにカーラは気づいた。

「ピーターも一年生なの?」
「えっ、どうして僕の名前を——?」
「あ、ごめんなさい。ローブに名前がついてるのが見えたの」

カーラがにっこり笑うとピーターは頬をちょっぴり赤らめて、うん一年生だよ、というようなことをごにょごにょ呟いた。

「僕はリーマス・ルーピンだよ。こっちは……」
「カーラ・グレイよ。よろしくね」

二人はピーターと交互に握手をした。ピーターは改めてピーター・ペティグリューだと名乗り、カーラとリーマスの関係を聞きたそうに顔をチラチラと見た。カーラはリーマスに話そうとしていたホプキンスおじさんの忠告のことは後にしよう、と気持ちを切り替えピーターの方に向き直り、三人でおしゃべりを楽しんだ。




SILEO

/sileo/novel/1/?index=1